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私は七味唐辛子が大好きです。私が育った家には、七味唐辛子はもとより一味唐辛子さえ、出前のおうどんに付いて来る小さな紙袋入り物ぐらいしかありませんでした。一体どこでどうして七味を好きになったのやら、考えます。どうも吉野家の牛丼がその発端です。ですから大学に入って、東京でのことです。まったりと甘辛く煮られた牛肉にあの七味をパラリとひとふりするだけで、メリハリのある美味しさに変わります。以来、焼き鳥、煮魚、お味噌汁、おそばにおうどん、七味唐辛子は欠くことの出来ない香辛料です。
東京に居た頃は、「やげんぼりの七味」。赤みの効いた、蓋をとっただけで赤唐辛子の香りが鼻に来ます。ほんのひと振りが、目が覚めるほど味に深みを与えてくれます。お店屋さんにおいてある七味唐辛子は、S&Bの物が多いと思います。世の中に出回っている商品だけあって、過不足なく美味しく、しかも、蓋をとったときはやはり「やげんぼりの七味」のように、赤唐辛子のいい香りです。東京巣鴨のとげぬき地蔵では、4の付くお祭りの日には露店が出て、自分だけの七味のブレンドを作ってくれていました。
七味唐辛子は、東京(江戸)が発祥の地だそうです。あのお醤油の色の濃いおそばに使う七味唐辛子がその起こりだそうです。福岡育ちの私は、何年東京にいてもあのお蕎麦、おうどんのお汁には馴染めませんでした。
さて、香港に来てからという物、お土産で頂く七味唐辛子は、京都の産寧坂の「七味家」のものばかりです。香港でもS&Bの七味唐辛子は売っています。この「七味家」の七味唐辛子、熱いおうどんの汁にひとふりしただけで、「やげんぼりの七味」と香りが違います。香るのは山椒です。京都の出汁の効いた薄味のおうどんには、この山椒の香り豊かな七味が合うのだろうと思います。香りは山椒ですが、しっかり赤唐辛子も舌に感じます。
蕎麦文化の「やげんぼりの七味」、うどん文化の「七味家」の七味。七つの配合ばかりか、素材の組み合わせの違いも見られます。赤唐辛子は、必須ですが、白ごまが入ったり、オノミが入ったり、そこは、お店の持ち味です。
こんな七味がありますよと、友人が、世界遺産に指定された富岡の製糸工場近くの「吉田屋」の七味唐辛子を送って下さいました。七味は味、香り、色が命ですから、古い順に一つずつ使い切って行きます。やっとこの、「吉田屋」の七味の封を切ったのは先週のことです。まず大袋、普通の七味唐辛子の倍の大きさです。中辛、大辛のふたつ頂いたので、中辛から開けてみました。封を切ると、今までにない香りです。今までの七味のように赤唐辛子の匂いでも、山椒の匂いでもありません。お味噌汁にまずは少し振ってみました。熱に当たって、この不思議な香りがなお強く感じます。青のりと白ごまが一杯お味噌汁に浮いています。辛くはありませんが微かに赤唐辛子が感じられます。そこで、もう一振り。まだ辛みはありませんが、この不思議な香りに誘われます。そこで、もう一振り。ついでに、白いご飯に一振り、これがまた美味しい。そこでご飯にもうひと振りこの七味をふりかけて、その上に、桜えびを少しのせました。まるでふりかけですが、美味しいのでご飯が進みます。赤唐辛子は微かに何処かで香っていますが、舌には感じません。
中辛が底をつきそうなので、大辛を開けてみました。基本的には中辛と同じ香りです。 右が大辛、左が中辛。見ても分かるように赤唐辛子の色や量が違います。大辛ですからおそるおそるお味噌汁に、この「吉田屋」独特の香りが拡がります。一口お汁をすすります。やや辛めですがまろやか。これまたご飯にかけてみました。中辛ほどたくさんは使いませんが、なかなか美味しい。一体この香りは何の香りでしょう。ごま、青のり、唐辛子、みかんの皮、麻の実、山椒、しそ。この七つが合わさっています。白胡麻と青のりの量は他所に比べるとかなりです。香りは七つの物の醸し出す香り、「やげんぼり」でも「七味家」でもない独自の香りです。
七味唐辛子、舌を刺すような辛さは好きではありません。七味は辛みをたす為に食べて来たと思い続けていた私ですが、どうやら、七つの材料が合わさった豊かな香りを食べているのかもしれません。
あと一つ有名な七味唐辛子で食べていないのが、善光寺の七味唐辛子です。さて、どんな香り、どんな味かな。
「吉田屋」の複雑な香りの七味唐辛子、ご飯に振りかけてもいいのですが、七味の送り主が冬に漬ける白菜漬け、その白菜の浅漬けにたっぷり振りかけたらさぞ美味しいだろうと夢見ます。