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雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

髪を売る ・ 今昔物語 ( 4 - 15 )

2020-02-08 13:03:24 | 今昔物語拾い読み ・ その1

          髪を売る ・ 今昔物語 ( 4 - 15 )

今は昔、
天竺の舎衛国(シャエコク・古代インドの十六大国の一つ。)に一人の翁がいた。歳八十にしてたいそう貧しかった。
そのため、その国の人に物乞いして生活していた。また、妻も一緒であった。その妻は、髪が長くて、これに並ぶ者はいなかった。世間の人は、この女を見てその髪のすばらしさを愛でた。
「この女の髪を、美女に付けたいものだ」と人々が言うので、かえってこの女は、「髪のおかげで、いつも恥ずかしい目に合う」と言っていた。

このように長年暮してきたが、ある時、夫婦並んで横になり話し合った。
「私たちは、前世においてどのような悪業を行って、今生において貧しい身に生まれたのか。これは、前世において善業を積まなかったからだ。今の世においても、また、少しの善業も積むことがなければ、来世もまた今のようであるに違いない。私たちは、たとえ少しであれ善業を積まねばならない」と思い嘆くも、塵ほどの貯えもなく、何一つ適当な方法が思いつかない。
すると妻が、「わたしは髪が長いが、全く何の役にも立たない。されば、この髪を切って売り、そのお金で少しでも善根を積んで、後世のための貯えにしましょう」と言った。
夫は、「お前の今生での財産は、ただその髪だけではないか。その髪だけが、身を飾っているではないか。どうして『切る』などと言うのか」と言った。妻は、「お前さま、この身は無常の身(常住することなく、いずれ必ず死を迎える身。)でございます。たとえ寿命が百歳あるとしても、死んだ後に髪を持っていても何の役に立ちましょう。今生は、今のままで終わってしまうでしょう。後生を思いますと怖ろしい限りです」と言うと、髪を切ってしまった。

その髪を米一斗で売って、すぐに飯に炊いて、工夫を凝らしておかずを二、三種ばかり添えて、祇園精舎に持って行き、長老の比丘の僧房に行って申し上げた。「ここに、飯二斗(一斗の米を炊いて二斗の飯にした、という意味らしい。)を持って参りました。僧供(ソウグ・僧に供養する飲食物。)として奉ります」と。
長老の比丘は驚き怪しんで、「これはどういう飯なのか」と訊ねた。女は、「わたしの髪を切って売り、飯二斗と粗末なおかず二、三種にして、僧房の御弟子に供養し奉ります」と答えた。
長老は、「この寺は本来このような僧供を贈る時には、一房だけのこととして処理することは今までない。その時には、鐘を撞いて、衆僧の鉢を集めて一合ずつでも皆に振る舞いなさい。私はこの事に関与しない」と言って、鐘を撞いて三千人の鉢を集めた。

すると、翁夫妻は大変驚き騒いで、「私たちは、この供養のために、大勢の僧に捕らえられてもみくちゃにされようとしている。これはどういうことでしょうか」と言うと、長老は、「何も知らぬ」と言う。
そこで、翁は妻に言った。「私に良い考えがある。ただ一人の僧の鉢に、この飯をみな投げ入れて、それで逃げ出そう」と。そして、一番近くの僧の鉢に飯をみな投げ入れてみると、桶には飯が同じように残っている。さては、飯はあの鉢には入らなかったのかと思って鉢を見ると、鉢には飯が入っていて僧は去っていった。桶にも飯は入っている。
変だと思いながら、また他の僧の鉢に入れたが、やはり飯は桶にも入っている。このように、次々と鉢に入れて行き、集まってきた三千余人の僧に供養し終わった。

翁夫妻は不思議なことだと思いながらも、喜んで帰ろうとしたが、ちょうどその時、他国の商人が暴風に吹き寄せられて上陸し、祇園精舎の近くに来ていた。食糧が無くなり、皆飢え疲れ、その場所に来て、「祇園精舎で今日大僧供があると聞きました。我らは飢え疲れてどうすることもできない。どうぞ命を助けてください」と言って、飯を乞うた。飯はなお残っていたので与えた。
商人たちは、飯を施されて食べ終わって言った。「この僧供を与えてくださった優婆塞(ウバソク・在家の仏教信者。)は下賤の人のようです。我らはこの僧供を受けて食べたおかげで、命が助けられました。その御恩に報いなければ、大変罪深いことになります」と。そして、各人が持っている金(コガネ)を三つに分けて、その一つをこの翁に与えた。ある者は五十両、ある者は百両、ある者は千両、それぞれその一つを分け与えた。その金はどれほどになったのだろう。
翁は金を得て、家に帰り長者となった。世間には並ぶ者とてないほどであった。名前を髪起(ハツキ/カミオキ ?)長者という、
となむ語り伝へたるとや。

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半身の仏 ・ 今昔物語 ( 4 - 16 )

2020-02-08 13:02:27 | 今昔物語拾い読み ・ その1

          半身の仏 ・ 今昔物語 ( 4 - 16 )

今は昔、
天竺に乾陀羅国(カンダラコク・いわゆるガンダーラ地方にあった国。)に大王がいた。波斯利迦(ハシリカ・カニシカ王と同人物か?)王という。その王は、七重の宝塔を建てた。その東方一里の所に、半身の仏の絵像がおわします。
「どういうわけがあって半身でおわしますのか」と尋ねると、昔、その国に一人の貧しい女がいた。仏道に帰依する心を起こして、「仏像を描き奉ろう」と思って、仏師のもとに行って相談し、仏像を描かせた。
その側に一人の女がいて、「わたしも仏像を描き奉ろう」と思って、同じ仏師のもとに行って相談して、仏像を描かせた。この二人の女は、共に貧しくて、その画料は極めて少なかった。
これによって、仏師は丈六(ジョウロク・一丈六尺。普通は約8.4mであるが中国尺ではその3/4ほど。人間の身長の2倍とも。)の絵像を一枚描き上げた。

数日して、最初の女が「わたしの仏を拝み奉ろう」と思って、仏師のもとに行き、「仏を拝ませてください」と言う。仏師が絵像を取り出して見せていると、もう一人の女が「わたしの仏の御許に参って拝み奉ろう」と思ってきたところで二人は出くわした。
「仏は出来ておりますでしょうか」と後から来た女が尋ねると、仏師は同じ絵像を「これがあなたの仏です」と言った。
すると、最初の女は、「どういうことですか。『わたしの仏』というものは、他の人の絵像だったのですか」と言うと、後から来た女も「この絵像は、さてはわたしの仏ではないのですね」と言う。
二人の女は、共に当惑して、仏師と言い争った。

その時仏師は、二人の女に言った。「画料が少ないので、丹(ニ・赤い絵の具)も金もほんの少ししか用意できない。仏は、その容姿の一部分でも欠ければ、仏師も施主も共に地獄に堕ちるといいます。あなた方の画料があまりにも少ないので、一体の仏を描き奉ったのです。絵像は一仏におわしますが、ご利益は二体の場合と同じです。あなたたち、心を一つにして供養し奉りなさい」と。
しかし、二人の女は、仏師に文句を言い続けた。
そこで仏師は、仏前に詣でて、啓(ケイ・もとは中国の打楽器で、それが仏用に転用されたもの。多くは銅製で、それを打ち鳴らして勤行する。)を打ち鳴らして仏に申し上げた。「そもそも二人の女施主の画料が足らないためで、私はほんの少しもかすめ取ってはおりません。そこで、二人の画料で一仏を描きましたが、二人の女はそれぞれに私を責めます。話し合って説得しましたが、その心はおさまりません。されば世尊(セソン・釈迦の尊称)、この由を明らかにしてください。私自身は決して罪を犯しておりません」と。
すると、その日のうちに、仏像(絵像)は御腰より上がたちまちのうちに分かれて、半身になられた。御胸より下(前記とは理屈が合わないが、胸の所で二分という文献もあるらしい。)は、もとのままの姿である。

仏師は心清く、少しも私腹を肥やすようなことはなかったので、事情を申し上げると、仏は二つに別れられたのである。その時、二人の女は、仏の霊験のあらたかなのを見奉って、ますます誠を尽くして、供養恭敬し奉った、
となむ語り伝へたるとや。

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宝玉を盗む ・ 今昔物語 ( 4 - 17 )

2020-02-08 13:01:20 | 今昔物語拾い読み ・ その1

          宝玉を盗む ・ 今昔物語 ( 4 - 17 )

今は昔、
天竺の僧迦羅国(ソウガラコク・現在のスリランカ)に一つの小さな寺院があった。その寺に等身の仏(仏像)がおわします。
この寺は、この国の前の国王の御立願によって建立したものである。仏の御頭には、眉間に宝玉を入れている。この宝玉は、世に並ぶものとてない宝である。その価格は計り知れない。

ある時のこと、貧しい男がいたが、「この仏像の眉間の玉はすばらしい宝物だ。もし自分があの宝玉を盗んで、欲しい人に売れば、子々孫々まで家は栄え、豊かで貧しい思いなどすることがないだろう」と思った。
ところが、この寺に夜中に忍び込むとすると、東西の門は閉じられていて、その門番に油断がなく、出入りする人には姓名を確認し、行き先を確かめるので、まったく手の打ちようがない。そうとはいえ、工夫を凝らして、門戸の下の部分を穴をあけて打ち壊して、密かに忍び込んだ。そして、仏像に近寄って御頭の宝玉を取ろうとしたところ、この仏像は、次第に背が高くなっていって手が届かない。盗人は高い踏み台に乗って取ろうとしたが、仏像はますます高くなり、とても届かない。

そこで盗人は、「この仏像はもともと等身の姿であった。それが、このように高くなったのは宝玉を惜しんでのことだ」と思って、踏み台から下りて、合掌頂礼(ガッショウチョウライ・両手を胸の前で合わせ、地にぬかずいて礼拝すること。)して仏に申し上げた。「仏がこの世に現れて、菩薩道を行ってくださいますのは、我ら衆生の苦しみをお救い下さるためでしょう。伝え聞けば、人を救うためには、自身は贅沢をすることなく、命さえお捨てになられる。世間で言われているように、一羽の鳩のために身を棄て(尸毘王が鳩を助けるために我が身の肉を鷹に与えた、と言う故事。)、七頭の虎に命を与え(飢えた母虎と七頭の子虎に我が身を与えた、という薩埵王子の故事。)、眼をえぐり婆羅門に施し(快目王が盲目の婆羅門に両眼を与えたという故事。)、血を出して婆羅門に飲ました(幾つも故事があるらしい。)、等ととても考えられないような施しをなさいました。ましてや、この宝玉を惜しまれるようなことはございませんでしょう。貧しい者を救い、下賤の者を助けられるということは、まさにこの宝玉を与えられることでございます。簡単なことでは仏の眉間の宝玉を取り下ろすことは出来ません。宝玉を得られなければ、心ならずも生きながらえて、世間を恨み嘆いて数限りない罪を犯すことでしょう。どうして高くおなりなって、頭の宝玉を惜しまれるのですか。とても裏切られた気持ちです」と泣きながら申し上げると、高くなっていた仏像は、心持ち頭を垂れて盗人が届くばかりになった。

そこで盗人は、「仏は、私の申し上げることをお聞きとどけになって、宝玉を取れと思われたのだ」と思って、近寄って眉間の宝玉を取り出した。
夜が明けると、寺の比丘(僧)たちはこれを見て、「仏の眉間の宝玉は、どうして無くなったのだ。盗人が取ってしまったのか」と思って捜し回ったが、誰が盗んだのか分からない。
その後、盗人が、この宝玉を市に出して売ろうとしたところ、この宝玉を見知っていた人がいて、「この宝玉は、どこそこの寺におわします仏像の眉間の宝玉で、最近なくなったものだ」と言って、この宝玉を売ろうとしていた者を捕らえて、国王に突き出した。尋問されると盗人は、隠すことなくありのままを白状した。
しかし国王は、この事を信用なさらず、その寺に使者を遣わして確認させた。使者がその寺に行って見てみたところ、仏像は、頭を垂れて立っておられた。使者は帰ってこの旨を申し上げた。
国王は報告を聞いて、心から感動して、盗人を呼び、言い値のままに宝玉を買い取り、もとの寺の仏像に返し奉り、盗人を赦した。

真心をこめて祈念した時の仏の慈悲は、盗人をも哀れに思われるものである。その仏像は、今に至るまでうなだれて立っておられる、
となむ語り伝へたるとや。

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大象も法を聞けば ・ 今昔物語 ( 4 - 18 )

2020-02-08 13:00:15 | 今昔物語拾い読み ・ その1

          大象も法を聞けば ・ 今昔物語 ( 4 - 18 )

今は昔、
天竺に国王がいた。国内に王法(国王が定めた法令)を犯す不善の輩がいたので、一頭の大象を酔わせて、罪人に向かって放って好き勝手にさせたところ、大象は目を赤くして大口を開けて走りかかり、罪人を踏み殺した。
その為、国内の罪人は一人として生きている者がいなくなった。これにより、この象を国の第一の宝とした。
隣国の敵も、この事を聞いて、決して襲って来なかった。

ある時、象の厩舎が出火して燃えてしまった。厩舎を造るしばらくの間、この象を僧房に繋いでいた。その僧房の責任者である僧は、常に法華経を誦し奉っていたが、ほとんど一晩中、象はこの経を聞いていた。
その翌日、象は極めておとなしくなっていた。そこへ、多くの罪人を連れてきた。この象を酔わせて、以前と同じように罪人に向けて放すと、象は罪人に這い寄って、その踵を舐って、まったく一人も殺傷しない。それを見て、大王は大変驚き怪しんで、象に向かって言った。「我が頼みとしているのはお前である。お前のおかげで国内に罪人少なく、隣国の敵たちも襲って来ない。もしお前がこのような状態であれば、何を以って罪人たちに対する頼りにすればよいのか」と。

その時、ある智臣(チシン・知恵のある家臣)が言った。「この象は、昨夜どこに繋いでいたのか。もしや僧房の近くではなかったのか」と尋ねると、居合わせた人が答えた。「その通りです」と。
智臣は、「さればこの象は、昨夜僧坊において比丘が経を誦するのを聞いて、慈悲の心が生まれて人を殺傷しなかったのです。速やかに、場の近くに連れて行って、一夜を経た後、罪人に向かわせるとよいでしょう」と言った。
その教えに従って、大象を場の近くに繋いで、一夜経ってから罪人に向かわせると、歯を噛み鳴らし口を開けて激しく走りかかり、ことごとく踏み殺した。その時、国王は喜ぶこと限りなかった。

これによって分かることは、畜生でさえ法を聞けば悪心を止めて善心を起こすことは、この通りである。いわんや、分別ある人間ならば、法を聞いて尊べば、悪心は必ず止まる、
となむ語り伝へたるとや。

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鼠の転生 ・ 今昔物語 ( 4 - 19 )

2020-02-08 12:58:42 | 今昔物語拾い読み ・ その1

          鼠の転生 ・ 今昔物語 ( 4 - 19 )

今は昔、
天竺において仏(釈迦)が涅槃に入られた後のこと、ある僧房に比丘(ビク・僧)が住んでいた。常に法華経を誦し奉っていた。
その僧房の天井の上に五百匹(実数ではなく、「多く」を表現する仏典の慣用語。)の老鼠がいて、日々夜々にこの法華経を聞き奉っていた。こうして、数年が過ぎた。
ある時、その所に六十匹の狸(イタチともタヌキとも)がやって来て、あの五百匹の老鼠を皆喰ってしまった。喰われた鼠は、五百匹すべて忉利天(トウリテン・天上の一つで帝釈天の居城がある。)に生まれ変わった。そして、刀利天の寿命(人間界の百年を一昼夜として千年。人間界の三千六百万年にあたる。)が尽きて人間界に生まれ変わった。舎利弗尊者(釈迦の高弟の一人)に出会って阿羅漢果(アラカンカ・原始仏教における最高の修業階位。)を修得して、悪道(地獄・餓鬼・畜生の三道を指す。)に堕ちることなく、弥勒菩薩(ミロクボサツ・如来になることが約束されていて、仏、如来とされることもある。)出世の時に生まれて、弥勒仏の記別(キベツ・仏が弟子や信徒に授ける未来世の果報に関する予言。)を授かって衆生を救済した。
鼠でさえ経を聞き奉るとこのようである。いわんや、人間が誠の心を尽くして法華経を聞き奉って、一心に信仰すれば、仏道を成就し、三悪道に堕ちることがないことは疑うまでもない。

そもそも、外典(ゲテン・内典の対で、仏典以外の典籍。)には、「白き鼠は寿命三百年である。一百歳より身の色は白くなる。その後は、一年のうちの吉凶の事をよく知り、千里の内の善悪(吉凶と同意)の事を悟る。その名を神鼠(ジンソ)と言う」と言われている。
されば、経を聞き奉って悟りを得ることもある、
となむ語り伝へたるとや。

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法文が夫を救う ・ 今昔物語 ( 4 - 20 )

2020-02-08 12:57:49 | 今昔物語拾い読み ・ その1

          法文が夫を救う ・ 今昔物語 ( 4 - 20 )

今は昔、
天竺の片田舎に一人の男がいた。端正美麗(タンジョウビレイ・容姿が整って美しいさまを形容する常套句。)な妻を持っていた。長年夫婦として暮らしていて、深く結ばれていた。

当時、その国の王は、国内じゅうに端正美麗な女性を求めていて、貴賤を問わず、后とするために探し回っていた。すると、ある人が、「どこそこの郷に、美麗なること世に並ぶものとてない女性がいるそうです」と申し上げた。
国王はそれを聞いて喜び、召し出すために使者を遣わそうとしたが、また国王に申し上げた。「その女には、長年連れ添った夫がおります。その夫婦の仲は、百年の契りをするほど睦まじく、離別することなどないでしょう。妻を召し出せば、夫はきっと嘆き悲しむでしょうから、妻を連れて山野に逃げ込むことでしょう。されば、まず夫を召し取り、処罰された後に妻を召し出すべきでしょう」と。
国王は、「もっともなことだ」と言って、まず夫を召し出すために使者を遣わした。使者はその地に行って、宣旨を読み上げた。
夫は、「私は決して国王の御為に罪を犯しておりません。どういうわけがあって、私を召し取るのですか」と言った。使者は何も答えることが出来ず、無理に夫を連れて王宮に帰った。

国王は連れてきた夫を見て、すぐに処罰させる理由がないので、差し遣わせる所があったと思われて、仰せになった。「お前に命じる。これより艮(ウシトラ・東北の方向。陰陽道では鬼門の方向にあたる。)に四十里行ったところに大きな池がある。その池に四種の蓮華が咲いている。七日の間にその蓮華を取って参れ。もし持ってくれば、お前に褒美を与えよう」と。
夫は宣旨を承って、家に帰ったが、元気がなく悲しそうな様子であった。妻は食事を準備して進めたが、まったく食べようとせず悲しそうにしていた。
妻は、「何事があって、そのように悲しそうで食事もなさらないのですか」と尋ねた。夫は宣旨の内容を話した。妻は、「とにかく、食事をなさってください」と言った。夫は妻の言葉に従って食事をした。

その後で妻は、「伝え聞けば、その道中には多くの鬼神がおり、池には大きな毒蛇がいて、蓮華の茎を身に巻き付けて住んでいるということです。そこへ行った人は、一人として帰って来ません。悲しいことです。あなたとわたしは、生きていながら別れようとしているのです。千年の契りで結ばれていても、あなたはたちまちのうちに鬼神に命を奪われようとしています。わたし一人がここに残っていても、何もいいことなどありません。わたしはあなたと共に死にます」と、泣きながら言った。
夫は、妻をなだめすかして、「私はお前の身と共にあろうと思っていたが(この部分、誤訳かもしれません。)、すでに王難にあって、もはやその本意に反する状態になってしまった。かと言って、二人そろって死ぬのは無益なことだ。何としても、お前は留まれ」と言って引き止めた。
そこで妻は、夫に教えた。「その道中には多くの鬼神がいるそうです。鬼人が現れて、『お前は誰だ』と問えば、「我は娑婆世界(人間の世界)の釈迦牟尼仏(シャカムニブツ・釈迦の尊称)の御弟子である」とお答えください。『どのような法文(仏の教えを説いた文言。)を習ったのか』と問えば、『南無帰依仏、南無帰依法、南無帰依僧』と言って、『この言葉である』とお答えください」と。そして、七日間の食糧を持たせて出立させた。
夫が家を出て行く時、夫は妻を見返り、妻は夫を見送って、互いに別れを惜しむこと限りなかった。

さて、出立してから四日目に、守門(門番)の鬼の所に着いた。鬼は夫の姿を見て喜び、喰らおうとして、まず問いかけた。「お前はどこから来た者か」と。夫は、「我は娑婆世界の釈迦牟尼仏の御弟子である。国王の仰せにより、四種の蓮華を取るために来たのだ」と答えた。鬼は、「我はまだ仏という名を聞いたことがない。今初めて仏の御名を聞いたが、たちまちのうちに苦を離れて鬼の身から転じられる。それゆえ、お前を赦そう。これより南の方向に(南の方向は理屈に合わないが?)また鬼神がいる。また、同じように言うがよい」と教えて釈放したので、さらに行くと鬼が現れた。
鬼は、夫の姿を見て喜んで喰らおうとして、「お前はいったい何者だ」と問うと、夫は前のように答えた。さらに「どのような法文を身につけているのか」と問うと、夫は三帰の法文(サンキノホウモン・「南無帰依仏 ・・・」の法文を指す。)を誦した。

すると、鬼は歓喜して、「我は無量劫(ムリョウコウ・果てしないほど長い時間。)を生きてきたが、未だに三帰の法文を誦するのを聞いたことがなかった。今有難くもお前に会って、この法文を聞いたので、鬼の身を転じて天上に生まれ変わることが出来る。お前は、これから南へ行けば、大毒蛇が多くいる。物の善悪を知らず、きっとお前を呑み込もうとするだろう。されば、お前はしばらくここに居れ。我がその花を取ってきてやろう」と言って取りに行った。

そして、鬼はすぐに四種の蓮華の花を持ってきて夫に与えて言った。「国王の仰せに七日の内とあるそうだ。お前が家を出てから今日で五日目なので、残っている日は少ない。七日の内に行き着くのは難しい。されば、お前は我が背中に乗れ。お前を背負って急いで連れて行ってやる」と。
鬼は夫を背中に乗せると、ほどなくして王宮に到着した。鬼は、夫を下ろすと、たちまちのうちに姿を消した。
そこで、夫が四種の花を持参すると、国王は怪しく思って訊ねられたので、事の子細を詳しく申し上げた。国王はそれを聞いて、たいそう歓喜して仰せになった。「我は、鬼神に劣っていて、お前を殺害して妻を奪い取ろうと思っていた。鬼神は我より勝っていて、お前の命を助けて帰した。我は、この後ずっとお前の妻を赦す。速やかに家に帰って、三帰の法文を大切にせよ」と。
夫は家に帰り、妻にこの事を話した。妻もまた喜び、共に三帰の法文を大切にした、
となむ語り伝へたるとや。

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三宝を供養する ・ 今昔物語 ( 4 - 21 )

2020-02-08 09:18:38 | 今昔物語拾い読み ・ その1

          三宝を供養する ・ 今昔物語 ( 4 - 21 )


今は昔、
天竺に一人の男がいた。国王のために罪を犯し、そのとがめを受けた。
国王は、この男を捕らえて、首を切ろうとしたが、この男は国王に申し出た。「私に七日の猶予をお与えください」と。
国王は申し出を認めて、七日間の猶予を与えた。

そこでこの男は家に帰り、真心を尽くして七日の間、三宝(仏・法・僧の総称。)を供養し奉った。
七日が過ぎ、八日目の朝、男は国王のもとに参上した。国王は、男が約束を守ったことを感心しながらも、その首を切るように命じたが、するとその男は、たちまち仏の相を身に現した。国王はそれを見て、首を切ることを止めさせ、大象を酔わせてこの男を踏み殺させようとしたが、その男は金色の光を放ち、指の先から五頭の獅子を呼び出した。酔象はそれを見て、たちまち逃げ去ってしまった。

そこで、国王はこの不思議な現象を見て、恐れおののいて訊ねた。「お前は、どのような徳があって、このような不思議を現じることが出来るのか」と。
男は「私は、家に帰った七日の間、三宝を供養し奉って、七日間を過ごして戻って参ったのです」と答えた。
それを聞いて国王は、この男の罪を赦し、国王自身が三宝に深く帰依し奉った。

されば、三宝を供養し奉り帰依することは、最高の功徳(クドク・善根を積み重ねることによって身に備わる霊妙な徳性。)である、
となむ語り伝へたるとや。

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天眼を得る ・ 今昔物語 ( 4 - 22 )

2020-02-08 09:17:05 | 今昔物語拾い読み ・ その1

          天眼を得る ・ 今昔物語 ( 4 - 22 )


今は昔、
天竺の波羅奈国(ハラナコク・古代インドの十六大国の一つ)に一人の男がいた。邪見(ジャケン・因果の道理を認めない過った見解。)にして仏法を信じなかった。その男の妻は、常日頃から仏法を信じていたが、夫の心に従って、仏事を勤めることはなかった。
ところが、思いがけず、妻は一人の比丘(ビク・僧)に出会って、密かに法華経十余行を読み習った。それを夫は、どこからか噂として聞こえてきたので、妻に「お前は、いつもお経を読んでいるらしいな。まことに尊いことだな」と、嫌味たっぷりに言うと出て行ってしまった。妻が恐れおののいていると、夫はすぐに帰ってきて、「わしが道を歩いていると、まさしく若い盛りの端正美麗(タンジョウビレイ・容姿が整って美しいさまを形容する常套語。)な女が、死んで横たわっていた。その目は非常に美しかったから、えぐり取ってここに持ってきた。お前の目は極めて可愛くなく醜いので、それと取り換えよう」と言った。

妻はそれを聞くと、「眼をえぐり取れば、命を保てるはずがありません。わたしはたちまち死んでしまいます」と泣き悲しむこと限りなかった。
乳母も、「ですから、このお経をお読みになってはなりませんとお教えいたしましたのに、遂に身を滅ぼすことになってしまわれた」と言って、同じように泣く。
妻は、「この身は無常(いつかは死ぬ定め)の身であります。命を惜しんでもいつかは死ぬものです。いたずらに朽ち衰えていくよりは、仏の教えのために死にましょう」と言って、乳母と共に泣く。
その時、夫が客間から荒々しい声で妻を呼んだ。
逃れようもないので、「わたしは今すぐに死んでしまう」と思って部屋を出て行くと、夫は妻を捕まえて膝の上に引き倒して、眼をえぐり取って、身体を大路に放り出した。近くの人は、これを見て哀れみ、敷物を与えた。そこで、妻は十字路にそれを敷いて横たわった。眼は無くなったが、命には寿命があるので、そのような状態で三十日過ぎた。

すると、一人の比丘が現れて訊ねた。「そなたは何者なのか。どうして眼を無くして横たわっているのか」と。
妻は、事の子細を話した。
比丘は事情を聞いて哀れに思い、山寺に連れて登って九十日間世話をした。
この盲女は、夏(ゲ・夏安居を指す。夏の九十日間、僧が山などに籠って修業する期間。)の終わる時、夢の中で、「わたしが読み奉る妙法の二字が、日月となって空より下って来て、わたしの眼に入った」と見たところで、夢から覚めた。はっと我に返ってみると、上は欲界六天(ヨクカイロクテン・・「欲界」は欲望にとらわれた衆生の住む世界で、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人界・天界の総称。「六天」は六つに分かれている天界の総称。 ここでは、六天を指しているらしい。)の様々な素晴らしい楽しみを、掌の内を見るように明らかに見えた。下は、閻浮提(エンブダイ・人間の住む世界。)より二万由繕那(ユゼンナ・由旬に同じ。古代インドの距離の単位で、一由旬の長さは諸説あるが、牛車の一日の行程ともされる。)を見通して、等活・黒縄ないし無間地獄の底を見ること、鏡を掛けて写し出すように明らかに見えた。
女人は喜んで、師の比丘に「夢で、このような事を見ました」と話した。比丘はそれを聞いて、喜び感動して、尊ぶこと限りなかった。

まさしく法華経十余行の験力によって天眼(テンゲン・心眼によって一切の物を見る神通力。)を得たのは、この通りである。ましてや、心を尽くして全巻を常に読誦する人の功徳は量り切れないほどである。よく思いやるべきである、
となむ語り伝へたるとや。

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大悪人 ・ 今昔物語 ( 4 - 23 )

2020-02-08 09:16:27 | 今昔物語拾い読み ・ その1

          大悪人 ・ 今昔物語 ( 4 - 23 )


今は昔、
天竺において仏(釈迦)が涅槃に入り給いて四百年(史実はともかく、諸文献をベースにした場合、「百年」程度が正しいようだ。)を過ぎた頃、末渡羅国(マトラコク・古代インドの十六大国の一つ。)に大天(ダイテン・商人の子で、教団分裂時に活躍したらしいが、異端の徒として悪評が高い。)という人がいた。
その父は、商いの為大海に乗り出し他国まで行った。その間、大天は「この世で最も美しい女を探し求めて、妻にしよう」と思って探し回ったが、見つけ出すことが出来ないまま家に帰った。すると、自分の母が端正美麗(タンジョウビレイ・容姿が整っていて美しいさまを形容する常套語。)にして「世間にこの母より優れた女はいない」ということに気付き、その母と情交し妻とした。
そして、数か月夫婦として過ごしていたが、父が長い旅を経て、他国から帰ってきて船が港に着くのを見て、大天は考えた。「わしが母を妻にしてしまったので、父が帰ってくれば、きっとわしを善くは思うまい」と。
そこで、まだ上陸する前に行って、父を殺してしまった。その後、何も心配することがなくなり、母と同棲を続けていたが、大天が少しの間外出している間に、母は隣の家に行ってしばらく居たが、大天は帰って来ると、それを「密かに隣の家に行って、他の男と浮気しているのだ」と思って、大いに怒って、母を捕らえて打ち殺してしまった。とうとう父母共に殺してしまったのである。

大天は、この事を恥じ、そして恐れて、もとの家を去って、遥かに遠い所へ行って隠れ住んだが、そこに、もとの国にいた一人の羅漢の比丘(ラカンノビク・原始仏教で最高の修行階位である阿羅漢果に達している僧。)が住んでいた。
その羅漢が大天が今住んでいる所にやって来たので、大天はこの羅漢を見て、「わしはもとの家で父母を殺してきた。その事を恥じ恐れたので、ここまで逃げてきて住んでいるのだ。そうすることによって、父母を殺したことをすっかり隠したのだ。ところが、あの羅漢がここにやって来た。きっと、わしの事を人に話すだろう。されば、この羅漢を殺してしまうしかないだろう」と思って、羅漢を殺してしまった。
されば、すでに三逆罪(殺父・殺母・殺阿羅漢の三つの重罪。この大罪を犯す者は、無間地獄に堕ちるとされる。)を犯してしまったのである。
その後、大天  ( この後、欠文となっている。)

     ☆   ☆   ☆


* 欠文となっている原因は不明のようです。
ただ、他の文献などから、いくつかの推定がなされているようです。
① もともと、この段階で打ち切られていた。
② 大天は罪を悔いて、阿育王(仏教の外護者として著名)が建立した寺院に赴き、そこで出会った僧について修行し阿羅漢果を得た、とされる。
③さらに、その後、大天が五種の悪見を説いたとか、阿育王との出会いの経緯などを説いた、とされる。
④ 参考書によっては、欠文になっている理由が、「これ以下の内容が複雑すぎる」ので、中断してしまったのかもしれない、というものもあるようです。

     ☆   ☆   ☆

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姿を隠す薬 ・ 今昔物語 ( 4 - 24 )

2020-02-08 09:15:54 | 今昔物語拾い読み ・ その1

          姿を隠す薬 ・ 今昔物語 ( 4 - 24 )


今は昔、
西天竺(サイテンジク・・古代インドである天竺を、中・東・西・南・北の五つに分けたうちの一つ。)に竜樹菩薩(リュウジュボサツ・大乗仏教の確立者とされる大仏教哲学者。但し、出身は南天竺が正しいらしい。)と申す聖人がおいでになられた。
最初、出家前の俗人であられた時には、外道(ゲドウ・仏教以外の教え)の経典を習われた。
その頃のこと、俗人(出家していない人)が三人いて、相談し合って隠形(オンギョゥ・他から自分の身体を見えなくすること)の薬を造った。
その薬の造り方は、寄生(ヤドリキ・他の樹木に寄生する常緑の低木。)を五寸に切って、陰干しで百日間乾して、それで以て造る薬であるそうだ。その薬を使って手法を学び、その木を髻(モトドリ・頭上のたぶさ)に差しておくと、隠れ蓑という物のように、自分の身体を隠し他の人からは姿が見えない。

そこで、この三人の俗人は、団結して、この隠形の薬と寄生を頭に差して、国王の宮殿に入り、多くの后妃を犯した。
后たちは、姿が見えない者が近寄ってきて触れて回ったので恐れおののいて、国王にそっと申し上げた。「近頃、姿が見えない者が近寄ってきて触られることがあります」と。
国王はそれを聞いて、賢いお方なので、すぐに思いつかれたことは、「これは、隠形の薬を造って、このような事をしているのだ。これを防止するには、粉を王宮内に隙間なくまくことだ。そうすれば、姿を隠している者とはいえ、足の形がついて、行く方向がはっきり表れるだろう」と計略を廻らされて、粉をたくさん取り寄せて、宮殿内に隙間なくまいた。この粉というのは、白粉(オシロイ)である。

例の三人の者たちが宮殿内に入り込むと、その粉をびっしりとまいているので、足の跡が顕(アラワ)れてくるので、太刀を抜き放った者どもを大勢入れて、足跡の付く所を推し量って切りつけると、二人は切り倒された。
もう一人が竜樹菩薩であられた。切り立てられて困ったあげく、后の裳の裾を頭から引き被って伏せて、心の内で多くの願を立てられた。
その効果があったのか、二人切り倒されたので、国王は、「思った通りだ。隠形の者であった。二人だったのだな」と仰せになって、切ることを終りにされた。
その後、人目のない時を見計らって、この竜樹菩薩は、よくよく注意を払って宮殿から逃げ去られたのである。

その後、「外法(ゲホウ・仏教側からの言い方で、仏法以外の術法。)は役に立たない」と思われて、[ 欠字あり。師僧名が入るが、出家時の師僧名は特定されていないらしい。]の所に行かれて、出家なされた。そして、内法(ナイホウ・外法と対の言葉で、仏法を指す。)修行なさって、名を竜樹菩薩と申されるのである。このお方を、世を挙げて崇め奉ること限り無し、
となむ語り伝へたるとや。

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