雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

人映えするもの

2014-09-21 11:00:29 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第百四十五段  人映えするもの

人映えするもの。
ことなることなき人の子の、さすがにかなしうしならはしたる。
咳(シハブキ)。恥づかしき人にものいはむとするに、先に立つ。
あなたこなたに住む人の子の、四つ、五つなるは、あやにくだちて、もの取り散らし、そこなふを、引き張られ制せられて、心のままにも得あらぬが、親の来たるに、所得て、
「あれ見せよ、やや、母」
など、引きゆるがすに、大人どもの、ものいふとて、ふともきき入れねば、手づから引き探し出でて、見騒ぐこそ、いと憎けれ。それを、
「まな」
とも取り隠さで、
「さなせそ」
「そこなふな」
などばかり、うち笑みていふこそ、親も憎けれ。われ、はた、得はしたなうもいはで見るこそ、心もとなけれ。


人前で調子づくもの。
大したこともない身分の子なのに、それなりに可愛がり甘やかせてしまったの。
咳。立派な方にお話ししようとする時に、決まって咳が出るんですよ。
近所のあちらこちらに住んている子で、四、五歳の年頃のなのは、わがまま放題で、物を散らかしたり、壊したりするのを、引っ張られて止められてしまい、思うように出来なくなっているのが、母親が来たので調子に乗って、
「あれを見せてよ。ねえねえ、お母さん」
などと、引っ張ってゆするのですが、大人たちが、おしゃべりに夢中で、すぐには聞き入れないものですから、子供が勝手にひっぱり出してきて、広げ散らかして騒ぐのは、とても憎らしい。それを、
「いけません」
と言って取り上げもせず、
「そんなことをするんじゃないよ」
「壊さないでね」
などと注意するだけで、笑っているのに至っては、母親まで憎らしくなってきます。こちらはこちらで、そう厳しく言うことも出来ず見ているのですから、気が気じゃありませんよ。



「人映えする」という言葉は、他にはあまり使われている例がないようです。
対象となる子どもから考えますと、関西弁でいう「いちびり」にあたるのでしょうね。
この段の主題は、前段の「可愛らしい子供」に対する「憎らしい子供」だと思うのですが、二番目に「せきが止まらない」などということが挟まれています。
何だか、間違って混入したのではないかとも感じてしまうのですが、主題を強調する独特の表現方法とする研究者もおられるようです。

小憎らしい子供にいらいらすることは現代も同じですが、このあたりを見る限り、少納言さまも普通の女性だったのだと親しみを感じます。
コメント
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