雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

大納言まゐりたまひて

2014-04-11 11:00:11 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第二百九十三段 大納言まゐりたまひて

大納言まゐりたまひて、詩(フミ)のことなど奏したまふに、例の、夜いたく更けぬれば、御前なる人々、一人二人づつ失せて、御屏風・御几帳のうしろなどに、みな隠れ臥しぬれば、ただ一人、眠たきを念じてさぶらふに、
「丑四つ」
と奏すなり。
「明けはべりぬなり」
とひとりごつを、大納言、
「いまさらに、な大殿ごもりおはしましそ」
とて、「寝べきもの」とも思いたらぬを、「うたて。何しにさ申しつらむ」と思へど、また、人のあらばこそは、まぎれも臥さめ。
     (以下割愛)


大納言殿(中宮定子の兄、藤原伊周)が参上なさって、漢詩文の事など天皇に奏上なされますのに、いつものように、夜がとても更けてしまい、天皇と中宮さまのお側の女房たちは、一人、二人と姿を消して、御屏風・御几帳の後ろなどに、みな隠れて寝てしまったので、私はただ一人、眠たいのを我慢して控えていますと、
「丑四つ(午前二時半頃)」
と、近衛舎人が時刻を奏しているようです。
「夜が明けてしまったようですね」
と、私が独りごとを言ったのを、大納言殿は、
「いまさら、おやすみなさりますな」
と言って、「寝るべき者」とも思っていらっしゃらないのを、「いやだわ。どうしてあんなことを言ってしまったのか」と思うものの、考えてみますと、他に人がいるのなら、それに紛れて寝ることも出来ましょうが。

天皇は御前の柱に寄りかかられて、少しお眠りになられているのを、
「あれを、拝見なさいませ。もう夜は明けたのに、こんなにもお寝になられるものですかねぇ」
と、大納言殿が中宮さまに申し上げられますと、
「まことに」
などと、中宮さまも、お笑いになっていられるのに、天皇はご存知ないままのところに、長女(オサメ・下級女官の長)が使っている童が、鶏を捕まえて持ってきて、
「明日になったら、実家へ持って行こう」
と言って、隠し置いたらしいのを、どうしたことか、犬が見つけて追いかけたので、廊の間木(ロウノマギ・渡殿の上長押の棚)に逃げ込んで、やかましく鳴き騒ぐので、誰もみな起きてしまったようです。
天皇も、お目覚めになり、
「どうしてこんなところに鶏がいるのだ」
などと、お尋ねになられるのに、大納言殿は、
「声、明王(メイオウ)の眠(ネブリ)を驚かす」(和漢朗詠集にある詩。驚くは、目覚めるの意)
という詩を、高らかに朗吟なされたのが、立派ですばらしく、明王どころか、凡人の私の眠たげな目も、ぱっちりと開いてしまいましたわ。
「まことにぴったりの文句である」
と、天皇も中宮さまも、お興じになられる。やはり、このような事が、すばらしいのです。

次の夜は、中宮さまは夜の御殿(清涼殿の中央にある)に参上なさいました。
私は、夜中頃に、北廊に出て、召使を呼びますと、
「部屋に下がられるのか。では、送って行こう」
と大納言殿が仰るので、裳や唐衣は屏風にうち掛けておいて行きますと、月がとても明るく、大納言殿の御直衣がとても白く見えるなかを、指貫を長く踏みしだいて、私の袖を引きとめて、
「ころぶなよ」
と言って、連れてお行きになりながら、
「遊子なほ残りの月に行く」(和漢朗詠集にある詩)
と吟誦なさいますのは、これも、たいへんにすばらしい。
「これくらいの事を、大袈裟に感心なさる」
と仰って、お笑いになられますが、どうして、こんなにすばらしいものを感心しないでなんか、いられませんわ。


大納言藤原伊周の教養の豊かさが述べられています。
中宮定子の実家である中関白家にとっても、少納言さまにとっても最も幸せな頃だったのでしょう。

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