雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

たった一枚の麻の衣 ・ 今昔物語 ( 1 - 32 )

2017-03-22 08:26:21 | 今昔物語拾い読み ・ その1
          たった一枚の麻の衣・ 今昔物語 ( 1 - 32 )

今は昔、
天竺のシャエ国には九億の家があった。(繁栄を表現したもので、誇大過ぎる数)
その中に一人の人がいた。名をショウギという。この人の家は極めて貧しく、ほんの少しの貯えもなかった。そこで夫妻は、二人そろってこの城の内の九億の家々に行って、物を乞うことで世を過ごし命を繋いでいた。

その頃、仏(釈迦)は、そのショウギを教化するために、頭陀(ズダ・煩悩を払い欲望を断つ仏道修行)第一(とても優れているという意味。一番というより一流と言った意味らしい)のカショウ(迦葉・摩訶迦葉、大迦葉とも。仏弟子中の長老格)を遣わされた。
カショウはショウギの家に行き、物を乞われた。ショウギはそれを見て、「仏の御弟子と申しても、何とも心ない人だ。我が家は貧しくして少しばかりの貯えもないため、この城内の九億の家ごとに物乞いして、世を過ごし命を繋いでいる身なのです。どうして、極貧の我が家に物を乞いに参られたのでしょうか。何ひとつ供養し奉る物などありません」と言った。
尊者(長老格の仏弟子に対する尊称)は、「たとえどんなものでも、ある物を与えてください」と言った。ショウギは、「我が家には全く差し上げるものはありません」と言った。尊者は、「どうしても、ほんの少しばかりの物でも与えてください」と言った。

ショウギはそれ以上答えようとしなかったが、妻が出てきて夫を責め咎めて言った。「あなたは、何故この比丘に供養し奉らないのですか。あなたと私には、麻の衣が一枚、長年持っています。『立派な物を供養せよ』と仰せなら無いでしょうが、『どんな粗末な物でも供養せよ』と仰せなのです。それであれば、あの麻の衣を供養しましょう」と言った。
夫はそれに答えて、「お前は何と愚かなのだ。この衣は、お前と私とで一枚しかないのだ。私が出かける時はお前は裸だ。お前が出かける時は私は裸なのだ。これを差し上げてしまえば、確実にお前と私の命は、たちまち絶えてしまう」と言った。
妻は、「あなたの考えはとても拙い。この身は無身の身です。(意味不詳。「この身は無常」と言った意味か?)命は長いといっても、いつまでも死なないということはない。身を大切にするといっても、死んでしまえば塵となってしまう身なのです。私たちは、前世において布施の心がなかったがために、家貧しくして貯えがないのは、この城の九億の家のうち私たちだけです。これは前世の報いに違いありません。この世において、また同じような状態で死ねば、来世では地獄に堕ちて餓鬼となって苦を受けることは、堪えがたいことです。私は今、この麻の衣を比丘に供養し奉ります」と言った。

夫はなお迷っていたが、妻はうまくなだめて、その衣を脱いでたたみ、尊者に申し上げた。「尊者、目をしばらく塞いでください。私は赤裸になろうとしています。極めて恥ずかしい。どうぞ見ないでください」と。
そこで尊者は目を閉じて見ないようにされた。すると女は近くに寄って、この衣を与えた。
尊者は衣を鉢に受けて、呪願(シュガン・呪文を唱えて相手に仏の加護があるように祈願すること)して帰って行った。そして、すぐに仏の御許に参って申し上げた。「ショウギの妻から供養を得たのはこのような次第でございます」と。

その時、仏は、光明を放って、東方よりはじめて、南・西・北方の仏を請じなさって、共に呪願してショウギの妻を褒め称えた。
すると、ハシノク王(シャエ国王)はこの光を見て、驚き不思議に思って釈迦仏の御許に参り、まずモクレン尊者に会って光の意味するところを尋ねた。
モクレンは、「ショウギの家は、貧しくして少しばかりの貯えさえない。城内の九億の家々に行って、物を乞うて世を過ごしている。ところが今日、カショウ尊者がショウギの家に行って物を乞うと、夫は貯えないが故に供養しなかった。ところが妻は、夫妻で共用しているたった一枚の麻の衣を惜しむことなく供養したのである。釈迦仏はこれを見て、褒め称えて放たれた光なのです」と答えた。
大王はこれを聞いて涙を流して、まず、自分の衣服を脱いでショウギの家に送った。また、「我が国への上納品をすべてショウギの許に納めるべし」と宣旨を下した。
これによってショウギは、たちまち富貴となり、財宝は満ち溢れた。これにより、人は財宝を惜しむことなく仏に供養し奉り、比丘僧に与えるべし、
となむ語り伝へたるとや。

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