『 俗人の往生 ・ 今昔物語 ( 15 - 44 ) 』
今は昔、
伊予国越智郡の大領(ダイリョウ・一郡の長官)越智益躬(オチノマスミ・河野氏の祖、らしい。)という者がいた。
若いときから老いるまで、公務に勤めて怠ることがなかった。また、道心が深く仏法を信じて因果応報の道理を理解していた。昼は法華経一部を必ず誦し夜は弥陀の念仏を唱えた。これを日常のこととしていた。
まだ頭は剃っていなかったが、十重禁戒(ジュウジュウキンカイ・修行を行う上で、出家が守らなくてはならない十種の禁戒。)を受けて法名を定めて、定真(ジョウジン)といった。
このように仏道に励んで長年経つうちに、やがて年老いた。
遂に命が終わろうとするときに臨んで、身に病なく、心乱れることなく、西に向かって端座して、手に弥陀の定印を結び、口に念仏を唱えて息絶えた。
その時、空に妙なる音楽の音があり、近くの里の村人は、皆がこれを見た。また、何ともいえないほど香ばしい香りが、家の内に満ち満ちた。
これを見聞きした人は、皆涙を流して尊んだ。
ただ、彼は頭を剃らずして法名をつけていた。同じことなら、正しく出家すべきであるが、俗人ながらも、明らかに往生したことは疑いがないので、尊いことである、
となむ語り伝へたるとや。
☆ ☆ ☆
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます