雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

悪業を反省する ・ 今昔物語 ( 15 - 46 )

2021-12-29 08:43:29 | 今昔物語拾い読み ・ その4

       『 悪業を反省する ・ 今昔物語 ( 15 - 46 ) 』


今は昔、
長門国[ 欠字。「阿武」らしい。]郡に阿武大夫(アムノダイフ・伝不詳。「大夫」は五位の者の称。)という者がいた。極めて猛々しい心の持ち主で殺生を日常のこととして、人に恐れられ、威勢は国中に聞こえ、思うままに悪業(アクゴウ)を造っていた。
長年このようなことを続け、善根を積むことは全くなかった。

やがて、老境に臨み、重い病にかかり、何日も病床で苦しみ、もはや死にそうになったとき、多くの僧を招いて、法華経を転読(真読に対する語で、大部の経典を数行ずつ飛び飛びに読むこと。)させて、病の回復を祈らせたが、数日後に遂に死んでしまった。そこで僧たちは、皆帰っていった。
ところが、その中に一人の持経者(ジキョウシャ・経典、特に法華経を信奉する者。)がいた。ある事情があって、使者の後世を弔うために留まり、死者に向かって法華経を誦していたが、第八巻の「是人命終 為千仏授手(ゼニンミョウジュウ イセンブツジュシュ・・「末世の法華受持者の命が終るとき、千仏がその手を取って、恐怖を去り、兜率天の弥勒菩薩のもとに往生させることを説いた部分」)という所を誦していると、この死者は突然蘇った。家の中の人たちはこれを見て、泣く泣く喜び、尊ぶことこの上なかった。

そして、この死者は次第に意識がしっかりしてきて、起き上がり座り掌を合わせて、持経者に向かいあってこの経文を聞き、涙を流して持経者に願って、この文句の部分を六、七遍唱えさせた。蘇った病人はこれを聞き、尊び感激した。そして、持経者に語った。「私が死んだ時、冥界の悪鬼どもがやって来て、私を駆り立てて連れ去ろうとしたが、持経者がこの文句を唱えてくださった時、突然天童が現れて、私を連れ帰り、人間界に戻してくださったのです」と。
その後、病は癒えて、健康を取り戻した。

阿武太夫は長年の悪行を忘れて、道心を起こして、頭を剃って僧になった。名を修覚(シュカク)という。
その後、法華経を習い、心を込めて日夜に読誦した。「この現世は甲斐のない所である。ひたすら後世の菩提を願おう」と思うようになり、まったく悪業(アクゴウ)を断ち、善根を積んでいたが、やがて老境にいたり、遂に命が終ろうとする時、多くの僧を招いて、法華経を転読させ、自らも法華経を誦しながら息絶えた。

その後、ある僧の夢に、かの修覚入道が姿形は衰えることなく、衣服をきっちりと着て現れて、その僧に語った。「私は、法華経を読誦した功徳によって、今、兜率天上に生まれました」と。
そこで、この僧は夢で見たことを修覚入道の妻子や一族の者たちに語った。これを聞いた人は皆、涙を流して喜び尊んだ。
これを思うに、長年悪業を行ってきたとしても、それを反省して、善の道に趣けば、このように尊いことがあるのだ、
となむ語り伝へたるとや。

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