雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

狐との契りを守る ・ 今昔物語 ( 14 - 5 )

2020-02-29 15:21:10 | 今昔物語拾い読み ・ その4

          狐との契りを守る ・ 今昔物語 ( 14 - 5 )

今は昔、
年若くして姿形美麗なる男がいた。どういう人かは分かっていないが、侍(サムライ・貴人の家に仕えて、事務や警備にあたった者。)程度の身分の者であったようだ。
その男は、どこからやって来たのか、二条朱雀を過ぎ朱雀門の前を通っていると、十七、八歳ばかりの姿形が美しい女が、きれいな着物を重ね着して、大路に立っていた。男は、その女を見ると、そのまま行き過ぎがたい気がして、そばに近寄って、その手を取った。

そして、朱雀門の中の人のいない所に女を連れて行き、二人並んで腰を下ろし、あれこれと話し合った。
男は女に、「このように、あなたとお会いできたのは何かのご縁でしょう。それゆえ、私があなたを想っているように、あなたも私を愛してください。そして、私の言うことを聞いてください。これは本心から思っていることですよ」と言った。
女は、「嫌だと申すつもりはありません。お言葉に従おうとは思いますが、もしわたしがあなたの申されることに従えば、わたしが命を失うことは疑いのないことなのです」と答えた。
男は、女が言っていることの意味が分からないまま、「ただ、断ろうとしているのだ」と思って、むりやりこの女を抱こうとした。女は、泣き泣き言った。「あなたは、世間で認められている人であって、家には奥様やお子がおありでしょうに、ほんの行きずりの気持ちからのことでしょう。ところが、そのような一時の戯れのために、わたしはあなたに代わって長く命を失うのは悲しいことです」と。
このように女は拒み続けたが、とうとう女は男の言うままになってしまった。

やがて、日も暮れて夜になったので、その近くの小屋を借りて、女を連れて行ってそこに泊まった。
すぐに共寝して、終夜(ヨモスガラ)行く末までの変わらぬ契りを交わしたが、夜が明けると、女は帰ろうとして男に言った。「わたしはあなたに代わって(この辺りの話の筋が分かりにくい。)命を失くすことは間違いありません。ですから、わたしのために法華経を書写し供養して、私の後世を弔ってください」と。
男は、「男と女が交わるのは世間で普通のことですよ。必ず死ぬなどということがあるはずがない。けれども、もしあなたが死ぬようなことがあれば、必ず法華経を書写し供養し奉りましょう」と言った。
女は、「あなたが、わたしが死ぬことが事実か否かを見ようと思うなら、明朝、武徳殿(ブトクデン・大内裏内の殿舎の一つ。武技を演じた殿舎。)の辺りに行ってご覧ください。その時の証(アカシ)の為にこれを」と言って、男の持っていた扇を取ると、泣きながら別れていった。
男は、これを本当のことと信じることもなく、家に帰った。

明くる日、「女の言っていたことは、もしかすると本当かもしれない。行って見てみよう」と思って、武徳殿に行って、そこを廻って見ると、髪の白い老いた嫗(オウナ)が現れて、男に向かって激しく泣いた。
男は媼に訊ねた。「あなたはどなたですか。どういうわけで、そのように泣くのですか」と。媼は答えた。「わたしは、昨夜、朱雀門の辺りであなた様があった女の母なのです。あの娘はもう死んでしまいました。『そのことをお知らせしよう』と思ってここに来ていたのです。その亡くなった娘は、あそこに横たわっています」と指を指して教えると、掻き消すように消えてしまった。
男は、「奇怪なことだ」と思って、指さされた方に行って見てみると、武徳殿の中に、一匹の若い狐が扇で顔を覆って死んで横たわっていた。その扇は、昨夜男が持っていた扇であった。
これを見て、「さては、昨夜の女はこの狐だったのか。すると私は、この狐と契りを結んだのだ」と、その時はじめて気がつき、哀れにも不思議に思いながら家に帰った。

早速その日から、七日ごとに法華経一部を供養し奉り、あの狐の後世を弔うことを始めた。すると、まだ四十九日にならない頃に、男の夢の中に、あの在りし日の姿の女が現れた。その女を見てみると、天女とかいう人のように身を飾っていた。また、同じように美しい装いの百千の女が、その女の周りを取り巻いている。
その女は男に告げた。「わたしは、あなた様が法華経を供養してわたしを救ってくださいましたので、永劫に罪を滅して、今、忉利天(トウリテン・天上界の一つ)に生まれようとしています。この御恩は量り知れないほどです。この後、世々を経ても忘れることはございません」と言って、空に昇っていった。その時、空には妙なる音楽が聞こえてきた、と思ったところで夢から覚めた。
男は、しみじみと胸に迫り尊く思い、いよいよ信仰心を強くして、法華経を供養し奉ったのである。

この男の心は、まことに立派なものである。女の遺言があったとしても、約束を違えることなく、ねんごろに後世を弔うことはなかなかのことである。それも、前世からのよき仏門の友であったからであろう。
この話は、男の語るのを聞き継いで、
語り伝へたるとや。

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