『 眉間尺という男 ・ 今昔物語 ( 9 - 44 ) 』
今は昔、
震旦の[ 欠字。王朝名が入るが不詳。]の時代に、莫耶(マクヤ)という人がいた。この人は、鍛冶の工(タクミ)である。
ある時のこと、国王の后は、夏の暑さに堪えられず、常に鉄の柱を抱いていらっしゃった(避暑の方法らしい)。
そして、后は懐妊して出産した。見ると、鉄の精(クロガネノタマ・鉄の塊のことらしい。)を出産していた。国王はこの事を怪しく思われて、「これは、いったいどういう事だ」と訊ねると、后は、「わたしは決して罪は犯しておりません。ただ、夏の暑さに堪えられず鉄の柱を常に抱いておりました。もしかすると、その為に起きたことかも知れません」と言った。
国王は、「その為だろう」と思われて、その鍛冶の工である莫耶を召し出して、その出産した鉄で以て、宝の剣を造るように命じられた。
莫耶は、その鉄を給わって、剣を二つ造り、一つを国王に奉った。もう一つは手元に隠し置いた。
国王は、その莫耶が奉った一つの剣を納めて置いたところ、その剣が常に鳴った。国王はそれを奇怪に思われて大臣にお訊ねになった。「この剣が鳴るのは、いかなるわけか」と。
大臣は、「この剣が鳴るのは、必ずわけがあるはずです。この剣には、きっと夫婦として二つあるのでしょう。その為、もう一つの剣を恋うて鳴るのでしょう」と申し上げた。
国王は、それを聞いて大いに怒り、すぐに莫耶を召して処罰させようとなさったが、その使者が未だ莫耶の所に到着する前に、莫耶は妻に語った。「私は昨夜、悪い夢想を見た。きっと、国王の使者がやって来るだろう。そして、私は間違いなく殺されるだろう。お前のお腹にいる子がもし男子であれば、成長した後に、『南の山の松の中を見よ』と教えてくれ」と。
そして、北の門から出て、南の山に入り、大きな木の中に隠れて、遂に死んでしまった。
その後、妻は男の子を出産した。
その子が十五歳になった時、眉間の幅が一尺もあった。(異相の典型的な姿。)その為、名前を眉間尺と付けた。
母は、父の遺言を詳しく語った。その子は母が教えてくれた場所に行ってみると、一つの剣があった。それを手にして、父の敵を討とうという思いを抱いた。
ところが、国王は、「眉間が一尺ある者が世に現れて、謀反を起こして自分を殺害しようとしている」という夢を見た。夢から覚めると、国王は恐れおののいて、即座に四方に宣旨を下して、「世間に眉間が一尺ある者がきっといる。その者を捕らえて差し出すか、あるいはその首を取って差し出した者には、賞として千金を与える」と公布した。
そこで、眉間尺は、この事を耳にして、逃げ隠れて深い山に入った。宣旨を承った者たちは、あちらこちらと四方に足を運び捜し回っていたが、眉間尺は山の中で捜索中の使者と出会った。
使者が男を見ると、眉間が一尺ある男だった。使者は喜んで、「お前は、眉間尺という者か」と訊ねると、「私が眉間尺です」と答えた。
使者は、「我等は、宣旨を承って、お前の頭と持っている剣を捜していたのだ」と言った。
すると、眉間尺は自ら剣で以て頭を切り落して、使者に与えた。
使者は頭を得て、帰って国王に奉った。国王は大いに喜び、使者に賞金を与えた。
その後、国王は、眉間尺の頭を使者に渡し、「速やかにこれを煮て処分するように」と命じた。
使者は仰せのように、その頭を鑊(カナエ・足のない大きな釜)に入れて、七日間煮たが、まったく形が崩れない。その由を奏すると、国王は怪しまれて、自ら鑊の所に行って御覧になったところ、国王の頭が自然に落ちて鑊の中に入った。二つの頭は、喰い合い激しく争うこと限りなかった。
使者は、その有様を見て、「奇怪なことだ」と思って、眉間尺の頭を弱らせるために、剣を鑊の中に投げ入れた。すると、二つの頭の形が崩れた。使者が再び釜の中を覗いて見たところ、今度は、使者の頭が自然と落ちて鑊の中に入った。
されば、三つの頭は交じり合って、どれがどれだか分からなくなった。そのため、一つの墓を造って、三つの頭を葬ったのである。
その墓は、今もなお宜春県(ギシュンケン・江西省中部)という所にある、
となむ語り伝へたるとや。
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