『 火の車を見て信じる ・ 今昔物語 ( 15 - 47 ) 』
今は昔、
[ 欠字。国名が入るが未詳。]国に一人の男がいた。罪を造ることを専らとして、殺生・放逸などやり放題であった。
このようにして、[ 欠文あるも、不詳。]何年も過ごしていたが、ある人が、「罪を造った人は必ず地獄に堕ちるものだ」と教えてやった。この男は、忠告を聞きはしたが、まったく信じようとはせず、「『罪を造る者は地獄に堕ちる』というのは、全くのでたらめだ。決してそのようなことがあるはずがない。なにゆえに、そのようなことがあるのだ」と言って、ますます殺生を行い、放逸の限りを尽くした。
そうしているうちに、この男は、重い病にかかり、数日のうちに死の瀬戸際に立った。
その時、この男の目に火の車が見えた。それを見てからは、この男は恐れおののくこと尋常ではなくなり、ある優れた僧を招いて、「私は長年の間、罪を造ることを専らとして過ごしてきましたが、ある人が『罪を造る者は地獄に堕ちる』と言って戒めてくれましたが、『それはでたらめだ』とばかり思って、罪を造ることを止めないままに、今、死なんとする時になって、目の前に火の車がやって来て、私を迎えようとしています。されば、『罪を造る者は地獄に堕ちる』ということは本当でした」と言って、長年信じることなく過ごしてきたことを悔い悲しんで、激しく泣いた。
僧は男の枕元にいたが、これを聞いて言った。「あなたは、『罪を造る者は地獄に堕ちる』という事を長年信じないで来たが、今、火の車を見て信じるようになったというのか」と。
その男は、「火の車が目の前に現れましたので、深く信じました」と答えた。
僧は、「されば、『弥陀の念仏を唱えれば、必ず極楽に往生する』という事を信じなさい。これも、仏がお説きになって教えられたものだ」と言った。
その男はこれを聞いて、掌を合わせて額に当て、「南無阿弥陀仏」と間違いなく千度唱えた。すると、僧はその男に、「火の車は、なお見えるか」と尋ねた。その男は、「火の車は、突然消えてしまいました。金色の大きな蓮華が一葉、目の前に見えます」と答えると、そのまま息絶えた。
すると、僧は涙を流して感激し尊んで帰っていった。これを見聞きした人も、誰もがたいそう尊んだ。
これを思うに、仏の説き給うところに露ほどの間違いもないのだから、ただ念仏を唱えるべきである、
となむ語り伝へたるとや。
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