雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

好き好きしくて

2014-08-12 11:00:44 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第百八十一段  好き好きしくて

好き好きしくて、人、数見る人の、夜はいづくにかありつらむ、暁に帰りて、やがて起きたる、ねぶたげなる気色なれど、硯取り寄せて、墨こまやかにおし磨りて、事無しびに筆にまかせてなどはあらず、心とどめて書くまひろげ姿も、をかしう見ゆ。

白き衣どもの上に、山吹・紅などぞ着たる。白き単衣のいたうしぼみたるを、うち目守(マモ)りつつ書き果てて、前なる人にも取らせず、わざと起ちて、小舎人童・つきづきしき随身など近う呼び寄せて、ささめき取らせて、去ぬるのちも久しうながめて、経などのさるべきところどころ、忍びやかに口ずさびに読みゐたるに、奥のかたに、御粥・手水などしてそそのかせば、歩み入りても、文机におしかかりて、書(フミ)などをぞ見る。おもしろかりけるところは、高ううち誦したるも、いとをかし。

手洗ひて、直衣ばかりうち着て、六の巻そらに読む。
まことに尊きほどに、近きところなるべし、ありつる使、うち気色ばめば、ふと読みさして、返りごとに心移すこそ、「罪得らむ」と、をかしけれ。


色好みで、多くの女性と関わりを持っている男が、夜はどこの女の家に泊まっていたのでしょうか、暁に帰ってきて、そのまま起きているのは、眠たそうな様子ではありますが、硯を取り寄せて、墨を丁寧にすって、事もなげに筆を走らせているという風ではなく、心をこめて後朝(キヌギヌ)の文を書くくつろいだ姿も、風情があるように見えます。

白い着物を重ねた上に、山吹・紅などの着物を着ています。白い単衣のすっかりしわになってしぼんでいるのを、何度も見ながら書き終えて、そばに仕えている女房にも手渡さず、わざわざ立って、小舎人童(コドネリワラワ・近衛の中・少将が召し使う少年)・こうした使いに似つかわしい随身などを近くに呼び寄せて、ささやくように言い含めて手渡し、使いが出掛けた後も長い間じっと物思いにふけり、経典などの適当なあたりなどを、偲びやかに口ずさみに唱えていると、奥の方で、御粥・手水(オンカユ・チョウズ・洗面と朝食前の粥は朝の行事)などを支度して催促するので、奥の間に歩み入りますが、なお文机に寄りかかって、書物など見ている。興深い個所は、高く朗詠しているのも、たいそう風情があります。

手を洗って、直衣ぐらいを着て、法華経の六の巻を暗誦する。まことにありがたい感じがしてきたところに、先ほどの使いが帰ってきて、しきりに合図をするので、急に暗誦をやめてしまって、女の返事に気を奪われているなんて、「仏罰を得るはずだ」と、可笑しくなってしまいます。



男性が近衛の中将あるいは少将といった人物と考えられますから、いわゆる良家の君達(キンダチ)なのでしょう。華やかな宮廷にあって、最も持てる男性の一場面を描いているわけですが、少納言さまが意外に好意的に描いているのは、そういう時代だったのでしょうね。

なお、「経などのさるべきところ・・」「六の巻そらに読む」という辺りのことは、当時の知識人にとって、経典は単なる宗教書ではなく、和歌や漢詩などと同じような位置付けにあったからのようです。

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