雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

鬼一口 ・ 今昔の人々

2025-03-06 07:59:20 | 今昔の人々

     『 鬼一口 ・ 今昔の人々 』


右近中将の在原業平と申されるお方は、御父上は平城天皇の第一皇子である阿保親王、御母上は桓武天皇の皇女であられる伊登内親王という、大変なお血筋のお生まれである。
御父上の阿保親王が政争に巻き込まれたり、誕生間もなくして臣籍降下なさったことが原因ではないであろうが、ご身分に似合わぬ自由奔放な行状が目立つ御方であった。
文才に優れ、容姿にも恵まれている上に、たいそうな色好みであったので、「世間で美人と評判の高い女がいれば、宮仕えの女であれ、高貴な人の娘であれ、一人残らずわが思い人にしよう」というほどのお方であった。

さて、ある人の娘に、「容姿がすばらしく、世に並ぶ者とてない」と噂されている女性がいると聞きつけて、業平は、熱意を込めて言い寄ったが、娘の両親は、「娘には、もっと高貴なお方を婿に迎えるのだ」と言って、それはそれは大切に育てていたので、業平中将といえども、とても手を出すことが出来なかった。
そうしているうちに、どのような手段を使ったのか、その娘を密かに盗み出したのである。

ところが、盗み出してはみたものの、とりあえず隠しておくべき所に困り、思い悩んだ末、北山科の辺りに、古い山荘が荒れ果てて人も住まなくなっている所があることを知り、そこに向かうことにした。
その山荘は、戸は壊れていて、室内の板敷きも無くなっているような状態で、とても立ち入れそうも無かったが、母屋とは別に校倉造りの倉があった。
そちらの方は、母屋よりは少しましなので、薄縁一枚を持ち込んで、そこに娘を連れて行って、共に寝た。
しばらくすると、にわかに稲光がしたかと思うと、雷鳴が激しく轟いた。
それがさらに激しさを増してきたので、業平中将は太刀を抜いて立ち上がり、娘を後ろの方に押しやって、太刀をひらめかしているうちに、ようやく雷鳴が静まり、やがて夜も明けた。

そこで、ようやく娘に声をかけることが出来たが、娘からは返答がない。
業平中将は不思議に思って、振り返ってよく見ると、そこには娘の頭と着ていた着物だけが残されていた。
業平中将は、何とも表現しがたい恐ろしさに襲われ、自分の着物を取るや取らずやで逃げ出した。
後になって分ったことだが、その倉は「人取りをする倉」と言われていることが分った。
そうすると、あの雷電霹靂は本当の稲光や雷鳴ではなく、倉に住みついていた鬼の仕業であったのだろうか。
それにしても、業平中将も罪なことをしたものである。

       ☆  ☆  ☆

    ( 「今昔物語 巻二十七の第七話」を参考にしました。 )


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