雅工房 作品集

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眼を失った太子 ・ 今昔物語 ( 4 - 4 )

2020-02-08 14:41:11 | 今昔物語拾い読み ・ その1

          眼を失った太子 ・ 今昔物語 ( 4 - 4 )

今は昔、
天竺に阿育王(アイクオウ・前話に登場)と申す大王がおいでになった。一人の太子がいた。名を拘那羅(クナラ)という。姿形は端正にして生まれつき心が正しく素直であった。すべての面において、人に勝っていた。それゆえ、父の大王はたいそう寵愛なさった。
この太子は、前の后の子である。今の后は継母にあたることになる。
そして、この后は太子の様子を見て愛欲の心を起こし、他の事を考えることがなかった。この后の名は、帝尸羅叉(タイシラシャ・阿育王の第一夫人とも。)という。

后は、この事を思い悩み、愛欲の心を抑えきれず、ついに人目のない時を見計らって、太子がおいでになる所に密かに近寄り、太子に突然取りすがり抱きしめようとした。太子にはそうした思いはなく、驚いて逃げ去った。
后は大いに怨みを抱いて、気持ちが落ち着くのを待って大王に申し上げた。「あの太子は私に懸想しています。大王さま、速やかに太子の邪心を察知いただき、太子を戒めてください」と。
大王はこれを聞いて、「これはきっと后の讒言(ザンゲン)に違いない」と思った。
大王は密かに太子を呼んで仰せになられた。「そなたが同じ宮殿にいると、何かと不都合なことが起こるだろう。一つの国をそなたに与えよう。その国に行って住み、わが宣旨に従うがよい。たとえ宣旨があっても、我が歯印(シイン・古代インドでは、歯型をつけて印章に代わる証とした。)の無いものは信用してはならない」と言って、徳叉尸羅国(トクシャシラコク・現在のパキスタン北部にあたり、大王のマガタ国から見て遥かに遠い僻地にあたる。)という遠い所に送り出した。

太子はその国に住んでいたが、継母の后は遠くの太子の事を思うにつけ極めて心が穏やかでなくなり、企んだことは、大王に気持ちよく酒を飲ませ、大いに酔って寝ている間に、こっそりと大王の歯形を取った。その後、太子が住んでいる徳叉尸羅国へ偽りの宣旨を下し、「速やかに太子の二つの眼(マナコ)をえぐり出して捨て、太子を国境の外に追放せよ」と、使者を差し向けた。
使者はその国に行き着いて、宣旨を与えた。太子はこの宣旨をご覧になって、「自分の二つの眼をえぐり出して捨て、自分を追放せよ」とある。まぎれもなく大王の歯印があるので、偽物とは思えない。大いに歎き悲しんだが、「自分は父の宣旨に背くことは出来ない」と言って、すぐに旃茶羅(センダラ・古代インドの最下層民)を召して、泣く泣く二つの眼をえぐり出して捨てた。その間、城内の人は皆これを見て、悲しみに泣かない者はいなかった。

その後、太子は宮城を出て、道に迷ってしまった。妻だけを連れて、彼女を道案内にあてどもなくさ迷い歩いた。他に従う者は一人もいなかった。父の大王は、この事を全く知らなかった。
やがて太子は、いつの間にか父王の宮城に迷い着いた。どこだとも分からず、象の畜舎に立ち寄ったところ、そこにいた人が、女に連れられた一人の盲人を見つけた。長い間流浪してきているので、疲れた様子で顔かたちも衰えていたので、見つけた宮人には、とても太子とは見分けることなど出来ず、象の畜舎に泊まらせた。

夜になると、その盲人は琴を弾いた。大王は高楼に登られていて、かすかにこの琴の音をお聞きになられ、我が子の拘那羅太子が弾く琴に似ているように思われた。そこで使いを遣わして、「あの琴の音は、どこの何者が弾いているものか」と訊ねられると、使いは象の畜舎を探し当てて見てみると、一人の盲人が琴を弾いている。妻を連れていた。
使いは、「何者がここにいるのか」と問へば、盲人は、「私は、阿育大王の子である拘那羅太子です。徳叉尸羅国におりました時、父の大王の宣旨によって、二つの眼をえぐり取って捨て、国外に追い出されましたので、このように迷い歩いております」と答えた。

使いは驚き、急いで戻ってこの由を申し上げた。大王はそれをお聞きになって、たいそう驚き心を乱して、盲人を召して事の次第を訊ねられると、使いの報告通りを語った。
大王は、これは何もかも継母の后の為せる所業と思って、すぐさま后を罰しようとしたが、太子は言葉を尽くして処罰をお止めした。
大王は泣き悲しんだ。そして、菩提樹の繁茂した寺にクシャ大羅漢と申される高僧がおり、その人は三明六通(阿羅漢果を修得した聖人が身につけているとされる超能力。)を修得していて、人々を利益(リヤク・慈悲を垂れて衆生を救済すること。)すること仏の如くと言われていたが、大王はその大羅漢を請じて申された。「願わくば聖人。慈悲を以て我が子拘那羅太子の眼をもとのように得させ給え」と、泣き泣き申し上げると、大羅漢は「私が妙法(優れた教法)を説きましょう。国内の人ことごとく来てこれを聞くべきです。それぞれが器を一つ持ってきて、法を聞いて、その貴さに泣いて流した涙をその器に受けて、それでもって眼を洗えば、もとのようになるでしょう」と申されたので、大王は宣旨を下して、国の人を集めた。
遠くから、あるいは近くから、人の集まること雲の如くであった。

すると大羅漢は、十二因縁(人間苦の根源となる十二の条件で、それを断つことによって苦悩を滅し、解脱を得るとされるもの。)の法を説いた。集まってきている人々は、法を聞いて皆が貴び泣かない者はいなかった。その涙を持参した器に受け集めて、金の盤(皿状の器か?)に集めた。大羅漢は誓いを立てて言った。「およそ私が説くところの法は、諸仏の究極の真理であります。もしそうではなく、説くところに誤りがあるならば、太子の眼は本復できますまい。もし真実であれば、願わくば、この多くの人々の涙を以て太子の盲したる眼を洗えば、明らかになって、もとのように見ることが出来るであろう」と。
このように誓願を立てて、涙で眼を洗うと、眼が現れて明らかになり、もとのようになった。
その時大王は、頭を垂れて大羅漢を礼拝して喜ばれること限りなかった。
その後、大王は大臣・百官を召して、ある者は免職にし、ある者は罪なきゆえに許し、ある者は国外に追放し、ある者は命を断った。

この太子の眼をえぐり出した所は、徳叉尸羅国の外の東南の山の北側である。その所には、卒塔婆(ソトバ・仏塔)を立てた。高さ十丈余である。
その後、国に盲人あれば、この卒塔婆に祈請すれば、みな眼が明らかになり、もとのようになることが出来た、
となむ語り伝へたるとや。

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