雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

出家の条件 ・ 今昔物語 ( 1 - 27 )

2017-03-22 10:15:40 | 今昔物語拾い読み ・ その1
          出家の条件 ・ 今昔物語 ( 1 - 27 )

今は昔、
天竺に一人の翁がいた。家貧しくして、日々の生活には、ほんの少しの貯えもなかった。そのため、妻子や使用人たちは見捨ててしまい、従う者は一人もいなくなってしまった。
翁は嘆き悲しみ、自らの日々の様子を考え、「自分は家業に励んできたが、貧しくて貯えもない。もうこの上は、出家して仏弟子となろう」と思って、すぐさま祇園精舎に参って、まず舎利弗(シャリホツ・釈迦の高弟)に会って、「自ら望んで出家して戒律を受けたいと思います」と言った。
舎利弗は、「しばらく待っていなさい。お前の出家に当たって、前世にその善根があるかどうか、定に入って見てみよう」と言って、三日間定に入り、定から出てきて言った。(定に入る、つまり、入定とは普通死ぬことを指すが、ここでは、過去の世に戻ることを指している)「お前の過去世について、八万劫(コウ・劫は時間の単位で果てしなく長い時間を指す)について見てきたが、とても出家できるような善根はない。ほんの僅かな善根も積んでいない。何を以ってお前に出家を許すことが出来よう」と、追い出した。

そこで翁は、目連(モクレン・釈迦の高弟)の許に行き、「出家したい」と申し出た。しかし、同じように、「出家に値する善根がない」と言って、追い出された。
フルナ・シュボダイ(いずれも高弟)等の許にも行き、「出家したい」と申し出たが、「長老たちは皆、お前の出家は許さない。どうして私たちが、お前の出家を許すことが出来ようか」と言って、追い出した。
五百人(大勢の意味)の弟子たちは、それぞれが杖や木を取って打ち、瓦や石ころを拾って追い払い、決して出家を許さなかった。
それで翁は、祇園精舎の門の外に出て、声をあげて泣いていた。

その時、釈迦仏はこれをご覧になって、門から出て来られて翁に訊ねられ、「どういうわけで、お前は此処で泣いているのだ。もし、願う事があるのなら、私が願いが叶うようにしてやろう」と言った。
翁は、「私は日々を過ごすに、少しばかりの貯えさえなく、衣食にさえ不自由しています。妻子や使用人も皆私を捨てて去ってしまいました。それで私は、出家して仏の御弟子となろうと思い、この祇園精舎まで参って出家を申し出ましたが、舎利弗・目連等や五百の御弟子たちは、誰もが、私には出家に値する善根がないと言って追い払い、出家することが出来ません。それでこの門の前で泣いていたのです」と答えた。
すると、仏は近付かれて、金色の御手でもって、翁の頭を撫でられた。そして、「私が願を発(オコ)して仏と成ったのは、お前たちのような衆生に出会って、救済することである。されば、『お前の本懐を遂げさせよう』と思う」と仰せになり、翁を連れて祇園精舎の中に入られた。

そして、舎利弗をお呼びになり、「この翁を出家させなさい」と仰せになった。
舎利弗は、「過去世の八万劫を見ましたが、この翁には出家に値する善根はありません。仏は、何を以って、この翁に出家をお許しになられるのか」と申し上げた。
仏は、「ただ、出家をさせなさい」と仰せられた。尊者(長老格のことで、ここでは舎利弗を指す)は仏の命に従い、翁を出家させて戒律を授けた後、仏に申し上げた。「衆生(シュジョウ・生きとし生けるもの)が善悪の報いを受けるのは、すべて前世の行いに起因するものでございます。仏は、どういうわけがあって、あの者の出家を許されたのでしょうか」と。
仏はお説きになって、「舎利弗よ、よく聞くがよい。あの翁は、八万劫を塵(チリ)とした場合の物の一劫を(超無量の過去を表現している)、それよりさらに遠い過去世において、人間として生まれて猟師をしていた。鹿を射ようとして待ち構えていた時、突然虎が出てきて喰われそうになった時、猟師はその難から逃れるために、ただ一度、「南無仏(ナモブツ・南無は帰依するの意味)」と言ったのだ。その猟師というのはこの翁なのだ。されば、その善根は朽ちることなく今に残っている。それゆえに出家を許したのである。そなたは、それを知らずして出家を許さなかったのである」と申された。

舎利弗はこれを聞いて、何も反論することが出来なかった。
翁は、出家の功徳によって、たちまち羅漢果を修得したのである、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 酔って出家する ・ 今昔物... | トップ | 百二十歳の出家 ・ 今昔物... »

コメントを投稿

今昔物語拾い読み ・ その1」カテゴリの最新記事