怨みを恩で報いる ・ 今昔物語 ( 1 - 29 )
今は昔、
天竺に二つの国があった。その一つは、シャエ国といい、もう一つをマカダ国という。
シャエ国の王の名はハシノク王といい、マカダ国の王の名をアジャセ王という。この二人の王は、仲が悪くなり合戦を始めた。
それぞれ千万の軍勢を発(オコ)した。象に乗る軍隊、馬に乗る軍隊、徒歩の軍隊、その数を知らず。様々に勇猛心を奮い起こして、互いに合戦の策を練った。
ついに合戦が始まると、ハシノク王の軍勢は、合戦に負けて陣を破られてしまった。同じような戦いが三度あったが、その度にすべてハシノク王方が負けた。ハシノク王は宮殿に逃げ帰り、嘆き悲しむこと限りなかった。昼は物も食べず、夜は眠ることも出来なかった。
その国の長者シュダツは、大王の嘆きをお聞きになって、宮殿に参って大王に申し上げた。「お聞きするところによりますと、この国の軍勢は、力の限りを尽くし勇気を奮い起こして戦いながら、軍兵の数が敵に劣っているために、その度毎に打ち負かされました。そこで、このシュダツが思いますには、我が家の多くの倉にはたくさんの財宝が積まれています。その財宝をすべて取り出して、兵士に賜って合戦を始められれば、その噂は隣国まで伝わって、自然に多くの兵士がやってきましょう。軍兵の数が増えれば、マカダ国の軍兵が勇猛なりといえども、数が劣っておれば対抗できるはずがありません」と。
ハシノク王はこれを聞いて大喜びして、シュダツの家に使者を遣わして、多くの財宝を貰い受けて兵士たちに分け与えると、それが隣国まで伝わり、多くの兵士が雲が湧くように集まってきた。
その後、合戦を始めると、マカダ国のアジャセ王は大軍を率いて戦ったが、シャエ国の武力に優れたものを選んで一隊を編成していて、その次の者も次々と隊軍を編成していた。両軍は激しく戦ったが、マカダ国の軍勢は、兵士の数も劣り、勇猛さの面でも劣っていたため、マカダ国の陣は打ち破られ、アジャセ王は捕えられてしまった。シャエ国側の兵士に生け捕りにされて、ハシノク王の陣営の中に連れて行かれた。
ハシノク王は大いに喜び、アジャセ王を召し寄せて、自分の飛ぶように速い車に一緒に乗せて、釈迦仏の御許に連れて参り、仏に申し上げた。「アジャセ王は敵対する国の王であるので、当然首を刎ねるべきであります。しかしながら、怨みを恩を以って報いることこそ善い政(マツリゴト)だと思います。それゆえ殺さないことにします」と。
仏(釈迦)は、「善き事なり、善き事なり」とお誉めになり、「大王、よく思案されました。怨みを徳を以って報いれば、怨みの無い者となります。たとえ三世(サンゼ・・過去・現在・未来の三世。あるいは、三代の意とも)に怨みを忘れないといえども、恩で以って報いれば、決して怨みの心を抱く者はいない。大王は、よくこの事を知って、敵のアジャセ王に憐れみの心を尽くして帰してやることは、大変賢明なことです」と申された。
そこで、ハシノク王はアジャセ王を許して帰した。アジャセ王は、「当然首を刎ねられる」と思っていのに、このように許されたので、怨みの心が永く留まって(意味がよく分からないが、「怨みを恩で返されたことが」という意味と考えたい)、ハシノク王のために恩を尽くした。
それは、アジャセ王ばかりでなく、近隣の国々にまでこの事が伝わり、ハシノク王をおろそかに思う者はなかった。
さて、ハシノク王はシュダツを召して、「この度の合戦に勝つことが出来たのは、長者の尽力によるものだ。今すぐ、願いの事を申されよ。願いの通りに致そう」と言った。
シュダツは膝を地に着けて、両手を組み合わせて地に伏して(最高の敬意を示す五体投地の礼を説明しているらしい)、大王に申し上げた。「まことにありがたい仰せを賜りました。私の願う事は、『七日の間、この国の王に着くこと』でございます。どうか大王、許可してください」と。
すると大王は、宣旨を下して、「シュダツを七日の間、シャエ国の王とする。国家への上納品は、シュダツの家に納めるように。また、国政の大小すべて、シュダツの命に従うべし」と命令を発した。
これにより、国中こぞってシュダツの命令に従うこと、風になびく草木のようであった。
その時、シュダツは、宣旨を発して鼓を打ち、ほら貝を吹いて命令した。「国内の上中下の人すべてが、仏を供養し奉り、戒律を保つべし」と。
これにより、国中こぞって仏を供養し奉り、戒律を厳しく保った。
七日間が過ぎると、王位をハシノク王にお返しした。シュダツは、仏の功徳を国中の人に勧めるために、七日間の国王の地位を望んだのである。
それゆえに、仏は御弟子に、「シュダツは七日の間国王となって、たくさんの功徳を人々に勧めたことにより、来るべき次の世で成仏(ジョウブツ・究極の悟りを得て仏と成ること)して、無数の衆生を仏道に導くだろう」とお説きになった、
となむ語り伝へたるとや。
☆ ☆ ☆
今は昔、
天竺に二つの国があった。その一つは、シャエ国といい、もう一つをマカダ国という。
シャエ国の王の名はハシノク王といい、マカダ国の王の名をアジャセ王という。この二人の王は、仲が悪くなり合戦を始めた。
それぞれ千万の軍勢を発(オコ)した。象に乗る軍隊、馬に乗る軍隊、徒歩の軍隊、その数を知らず。様々に勇猛心を奮い起こして、互いに合戦の策を練った。
ついに合戦が始まると、ハシノク王の軍勢は、合戦に負けて陣を破られてしまった。同じような戦いが三度あったが、その度にすべてハシノク王方が負けた。ハシノク王は宮殿に逃げ帰り、嘆き悲しむこと限りなかった。昼は物も食べず、夜は眠ることも出来なかった。
その国の長者シュダツは、大王の嘆きをお聞きになって、宮殿に参って大王に申し上げた。「お聞きするところによりますと、この国の軍勢は、力の限りを尽くし勇気を奮い起こして戦いながら、軍兵の数が敵に劣っているために、その度毎に打ち負かされました。そこで、このシュダツが思いますには、我が家の多くの倉にはたくさんの財宝が積まれています。その財宝をすべて取り出して、兵士に賜って合戦を始められれば、その噂は隣国まで伝わって、自然に多くの兵士がやってきましょう。軍兵の数が増えれば、マカダ国の軍兵が勇猛なりといえども、数が劣っておれば対抗できるはずがありません」と。
ハシノク王はこれを聞いて大喜びして、シュダツの家に使者を遣わして、多くの財宝を貰い受けて兵士たちに分け与えると、それが隣国まで伝わり、多くの兵士が雲が湧くように集まってきた。
その後、合戦を始めると、マカダ国のアジャセ王は大軍を率いて戦ったが、シャエ国の武力に優れたものを選んで一隊を編成していて、その次の者も次々と隊軍を編成していた。両軍は激しく戦ったが、マカダ国の軍勢は、兵士の数も劣り、勇猛さの面でも劣っていたため、マカダ国の陣は打ち破られ、アジャセ王は捕えられてしまった。シャエ国側の兵士に生け捕りにされて、ハシノク王の陣営の中に連れて行かれた。
ハシノク王は大いに喜び、アジャセ王を召し寄せて、自分の飛ぶように速い車に一緒に乗せて、釈迦仏の御許に連れて参り、仏に申し上げた。「アジャセ王は敵対する国の王であるので、当然首を刎ねるべきであります。しかしながら、怨みを恩を以って報いることこそ善い政(マツリゴト)だと思います。それゆえ殺さないことにします」と。
仏(釈迦)は、「善き事なり、善き事なり」とお誉めになり、「大王、よく思案されました。怨みを徳を以って報いれば、怨みの無い者となります。たとえ三世(サンゼ・・過去・現在・未来の三世。あるいは、三代の意とも)に怨みを忘れないといえども、恩で以って報いれば、決して怨みの心を抱く者はいない。大王は、よくこの事を知って、敵のアジャセ王に憐れみの心を尽くして帰してやることは、大変賢明なことです」と申された。
そこで、ハシノク王はアジャセ王を許して帰した。アジャセ王は、「当然首を刎ねられる」と思っていのに、このように許されたので、怨みの心が永く留まって(意味がよく分からないが、「怨みを恩で返されたことが」という意味と考えたい)、ハシノク王のために恩を尽くした。
それは、アジャセ王ばかりでなく、近隣の国々にまでこの事が伝わり、ハシノク王をおろそかに思う者はなかった。
さて、ハシノク王はシュダツを召して、「この度の合戦に勝つことが出来たのは、長者の尽力によるものだ。今すぐ、願いの事を申されよ。願いの通りに致そう」と言った。
シュダツは膝を地に着けて、両手を組み合わせて地に伏して(最高の敬意を示す五体投地の礼を説明しているらしい)、大王に申し上げた。「まことにありがたい仰せを賜りました。私の願う事は、『七日の間、この国の王に着くこと』でございます。どうか大王、許可してください」と。
すると大王は、宣旨を下して、「シュダツを七日の間、シャエ国の王とする。国家への上納品は、シュダツの家に納めるように。また、国政の大小すべて、シュダツの命に従うべし」と命令を発した。
これにより、国中こぞってシュダツの命令に従うこと、風になびく草木のようであった。
その時、シュダツは、宣旨を発して鼓を打ち、ほら貝を吹いて命令した。「国内の上中下の人すべてが、仏を供養し奉り、戒律を保つべし」と。
これにより、国中こぞって仏を供養し奉り、戒律を厳しく保った。
七日間が過ぎると、王位をハシノク王にお返しした。シュダツは、仏の功徳を国中の人に勧めるために、七日間の国王の地位を望んだのである。
それゆえに、仏は御弟子に、「シュダツは七日の間国王となって、たくさんの功徳を人々に勧めたことにより、来るべき次の世で成仏(ジョウブツ・究極の悟りを得て仏と成ること)して、無数の衆生を仏道に導くだろう」とお説きになった、
となむ語り伝へたるとや。
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