『 観音の加護を受けた女 ( 2 ) ・ 今昔物語 ( 16 - 7 ) 』
( ( 1 ) より続く )
その後、家主の女は、訪ねてきた女に、「これは、いったいどうしたことなのでしょう。『わたしの親が生き返っておいでなのか』と思ってしまいます。まことに恥をかかずに済みました」と言って泣くと、訪ねてきた女も泣きながら、「長い間、日々の生活に追われている者の常とは申せ、失礼しておりましたが、まことに良いあんばいに今日お伺いできましたことを、決しておろそかには思われません。ところで、若狭よりお返りの方は、いつ返ってこられるのでしょうか。お供の人は何人ぐらいでしょうか」と尋ねると、「さあ、本当かどうか『明日の夕方、ここに返って来る』と聞いています。お供の人、ここに残っている人、全部で七、八十人ほどでした」と言うと、訪ねてきた女は、「そのお支度を準備いたしましょう」と答えた。
家主の女が「今日のことだけでも思いがけないことですのに、そこまではとてもお願いできません」と言うと、訪ねてきた女は「どのような事でも、これからは、おっしゃられるようにお仕えいたします」と言いおいて出て行った。
その日も暮れた。そして、次の日となり、申時(サルノトキ・午後四時頃)頃、若狭に行っていた人が返ってきた。
すると、あの女が多くの食物などを人に持たせてやって来た。そして、上下すべての人をもてなした。
主人の男は、いつの間にか入ってきて、女のそばに臥し、明日には美濃に連れていく、などと話す。女は、「どういう事か」と思ったが、ひたすら夢のお告げを頼みとして、男の言うままになっていた。
訪ねてきた女は、早朝に出発する支度などをしていたが、家主の女は、「思いがけずこのような恩を受けることになった。この女に何かお礼をしたい」と思いをめぐらしたが、何一つ与える物がない。ただ、「もしもの時のために」として、紅の正絹(スズシ)の袴を一腰持っていたので、「これを与えよう」と思って、自分は男が脱いでおいた白い袴を着て、その女を呼んで、「何年もの間、このような人がいるとは思いもしませんでしたが、思いがけず、このような時に来ていただいて、恥をかかないで済みましたことを、世々(セゼ・生々世々のこと。生まれ変わり死に変わり、いつまでも。)にも忘れがたく思っています。この気持ちを、何とかあなたにお伝えしたくて、志だけですが、これを」と言って袴を与えようとした。
すると、その女は、「あのお方がご覧になられますのに、そのお着物はあまりにみすぼらしく、わたしの方から何かを差し上げようと思っておりましたのに、とてもこのような物を頂戴することは出来ません」と言って、受け取ろうとしなかったが、「わたしは長い間、『誘う水あらば』と思っておりましたが、思いもかけず、あの人が『連れて行こう』と言ってくれましたので、明日はどうなるか分かりませんが、付いていくつもりですので、形見と思って下さい」と涙ながらに与えると、「そのように形見だとおっしゃるのであれば、ありがたく頂戴いたします」と言って受け取り、去って行った。
二人が話していた所はすぐ近くだったので、この男は眠ったふりをして横になったままこの話を聞いていた。やがて、出立の時となり、あの女が用意しておいた物などを食べ、馬に鞍を置いて引き出し、この女を乗せようとしたが、女は「人の命は定めのないものだから、この観音様をまた拝み奉ることは難しいかもしれない」と思って、観音の御前に詣でて、見奉ると、御肩に赤い物がかかっている。不審に思ってよく見ると、あの女に与えた袴であった。
これを見て、「さては、あの女と思っていたのは、観音様が姿を変えてお助け下さったのだ」と気がつき、涙を流し身もだえして泣くのを、男はその様子を見て、「どうしたのか」と思って、近寄り、「何があったのか」と見回してみると、観音の御肩に紅の袴が掛かっていた。それを見て、「これは、どうしたことか」と訊ねると、女は、初めからの事の経緯を泣きながら話した。
男は、「その話は、寝たふりをして横になって聞いていたが、その時にあの女に与えた袴に違いない」と思うと感動して、同じように泣いた。郎等の中にも、心ある者はこれを聞いて、尊く思い感動しない者はなかった。
女は、何度も何度も礼拝して、観音を堂内に納め扉を閉じて、男に連れられて美濃に向かって行った。
その後、夫婦として、他に心を移すことなく仲睦まじく過ごしているうちに、多くの男女の子を生んだ。敦賀にもしょっちゅう出かけて、懇ろに観音にお仕えした。
あの訪ねてきた女は、近くや遠くを捜し求めたが、そのような女は見つからなかった。
これはひとえに、観音がお誓いになったことを違えることがないというお陰である。世の人はこれを聞いて、ひたすら観音にお仕えすべきだと言い合った、
となむ語り伝へたるとや。
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