高慢心の罪 ・ 今昔物語 ( 13 - 41 )
今は昔、
山寺に二人の聖人がいた。一人は、法華経を受持していて、名を持法(ジホウ・伝不祥)という。一人は、金剛般若経を受持していて、名を持金(ジコン・伝不祥。二人とも名前からして架空の人物らしい。)という。
この二人の聖人は、一つの山寺に住んでいた。二、三町ばかり離れて、庵を結んでいた。共に道心を起こして、俗世間を厭い、仏道修行に励んでいた。
持金聖人は般若(金剛般若経を指す)の霊験を顕して、それにより自然に食事が出てくるので、食べる事の心配をすることなく過ごしていた。
持法聖人はひたすら檀家の世話になっていて、生活は豊かでなかった。
そこで、持金聖人は高慢心を起こして、「私が受持しているお経の霊験は大変大きく、また私の徳行が優れているので、諸天や仏法守護神が食事を下さって、日夜守護してくださる。あの法華経の聖人は、受持する経の霊験が劣り、持経者の徳行も浅い。それゆえ、仏法守護神が供養してくださることがない」と思った。
そして、このように持法聖人を常に謗っていたが、ある時、持法聖人の童子が持金聖人の庵に行ったところ、持金聖人は自分の霊験や徳行の優れていることを言いきかせて、「お前の師僧には、どのような徳行があるのか」と尋ねた。童子は、「私の師僧には格別な霊験はありません。ただ、人のお世話を受けて過ごしておられます」と答えたが、童子は師僧の庵に戻り、師にこの事を話すと、師は、「持金聖人が言われることは、まったくもっともな事である」と言った。
その後、数日経った頃、持金聖のもとに二、三日続けて仏法守護神からの食事が届かなかった。日暮れになっても食事ができないので、持金聖は大変怪しんで、般若(本来はお経を指すが、擬人化している。)や須菩提(スボダイ・釈迦十大弟子の一人。)などをたいそう恨んだ。
その夜、持金聖の夢の中に、右肩を肌脱ぎにした老僧が現れて、持金聖に告げた。「我は須菩提である。汝は金剛般若経を受持し奉っているとはいえ、未だ般若の真理を体得していない。それゆえ諸天は、供養の食事を届けなかったのである。それを理不尽にも恨みに思うのか」と。持金はこれを聞いて、「それでは、長年に渡って私に供養して下さっているのは、どなたが供養してくださっているのでしょうか」と尋ねた。
老僧は、「それは、法華経の受持者である持法聖が送った食事である。彼の聖は慈悲の心をもって汝を哀れんでいるので、十羅刹女(ジュウラサツニョ・鬼子母神と共に、法華経の持経者を保護することを誓った十人の羅刹女。)を使って、呪願(シュガン/ジュガン・・法会や食事が施された際に法語を唱え、施主の受け取る功徳を祈願すること。)の施食(セジキ)を毎日お前に送っていたのだ。お前は愚かなるが故に、高慢な心を起こして、常に彼の聖を謗っている。速やかに彼の聖の所に行って、罪を懺悔するがよい」と仰せられた、ところで夢から覚めた。
その後、持金は長年の高慢心を悔い悲しんで、持法聖の庵に行き、礼拝して言った。「私は、愚かなる心で、聖人を誹謗しておりました。願わくば、この罪をお許しください。それにしても、毎日お送りいただいていた施食を、どうしてこの二、三日の間お送りくださらなかったのでしょうか」と。
持法聖は笑みをたたえて、「私はうっかりしていて、施食を取らず、十羅刹女に申し付けなかったのです」と答えた。すると、たちどころに童子が現れて、食物を調えて供養した。
持金が自分の庵に帰ってくると、食物が前のように送られてきた。持金はその後はすっかり高慢心を心に止めて、持法聖に従うようになった。
遂に、この二人の聖が共に命を終える時に及んで、聖衆(ショウジュウ・聖者衆。菩薩たち。)が現れて二人を浄土にお送りなさった。
何といっても、人は高慢心を押さえなければならない、
となむ語り伝へたるとや。
☆ ☆ ☆
今は昔、
山寺に二人の聖人がいた。一人は、法華経を受持していて、名を持法(ジホウ・伝不祥)という。一人は、金剛般若経を受持していて、名を持金(ジコン・伝不祥。二人とも名前からして架空の人物らしい。)という。
この二人の聖人は、一つの山寺に住んでいた。二、三町ばかり離れて、庵を結んでいた。共に道心を起こして、俗世間を厭い、仏道修行に励んでいた。
持金聖人は般若(金剛般若経を指す)の霊験を顕して、それにより自然に食事が出てくるので、食べる事の心配をすることなく過ごしていた。
持法聖人はひたすら檀家の世話になっていて、生活は豊かでなかった。
そこで、持金聖人は高慢心を起こして、「私が受持しているお経の霊験は大変大きく、また私の徳行が優れているので、諸天や仏法守護神が食事を下さって、日夜守護してくださる。あの法華経の聖人は、受持する経の霊験が劣り、持経者の徳行も浅い。それゆえ、仏法守護神が供養してくださることがない」と思った。
そして、このように持法聖人を常に謗っていたが、ある時、持法聖人の童子が持金聖人の庵に行ったところ、持金聖人は自分の霊験や徳行の優れていることを言いきかせて、「お前の師僧には、どのような徳行があるのか」と尋ねた。童子は、「私の師僧には格別な霊験はありません。ただ、人のお世話を受けて過ごしておられます」と答えたが、童子は師僧の庵に戻り、師にこの事を話すと、師は、「持金聖人が言われることは、まったくもっともな事である」と言った。
その後、数日経った頃、持金聖のもとに二、三日続けて仏法守護神からの食事が届かなかった。日暮れになっても食事ができないので、持金聖は大変怪しんで、般若(本来はお経を指すが、擬人化している。)や須菩提(スボダイ・釈迦十大弟子の一人。)などをたいそう恨んだ。
その夜、持金聖の夢の中に、右肩を肌脱ぎにした老僧が現れて、持金聖に告げた。「我は須菩提である。汝は金剛般若経を受持し奉っているとはいえ、未だ般若の真理を体得していない。それゆえ諸天は、供養の食事を届けなかったのである。それを理不尽にも恨みに思うのか」と。持金はこれを聞いて、「それでは、長年に渡って私に供養して下さっているのは、どなたが供養してくださっているのでしょうか」と尋ねた。
老僧は、「それは、法華経の受持者である持法聖が送った食事である。彼の聖は慈悲の心をもって汝を哀れんでいるので、十羅刹女(ジュウラサツニョ・鬼子母神と共に、法華経の持経者を保護することを誓った十人の羅刹女。)を使って、呪願(シュガン/ジュガン・・法会や食事が施された際に法語を唱え、施主の受け取る功徳を祈願すること。)の施食(セジキ)を毎日お前に送っていたのだ。お前は愚かなるが故に、高慢な心を起こして、常に彼の聖を謗っている。速やかに彼の聖の所に行って、罪を懺悔するがよい」と仰せられた、ところで夢から覚めた。
その後、持金は長年の高慢心を悔い悲しんで、持法聖の庵に行き、礼拝して言った。「私は、愚かなる心で、聖人を誹謗しておりました。願わくば、この罪をお許しください。それにしても、毎日お送りいただいていた施食を、どうしてこの二、三日の間お送りくださらなかったのでしょうか」と。
持法聖は笑みをたたえて、「私はうっかりしていて、施食を取らず、十羅刹女に申し付けなかったのです」と答えた。すると、たちどころに童子が現れて、食物を調えて供養した。
持金が自分の庵に帰ってくると、食物が前のように送られてきた。持金はその後はすっかり高慢心を心に止めて、持法聖に従うようになった。
遂に、この二人の聖が共に命を終える時に及んで、聖衆(ショウジュウ・聖者衆。菩薩たち。)が現れて二人を浄土にお送りなさった。
何といっても、人は高慢心を押さえなければならない、
となむ語り伝へたるとや。
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