たまたまだが、建設談合に関する本を続けて読んだ。<o:p></o:p>
池井戸潤は三菱銀行の職歴。「鉄の骨」は新人の中堅ゼネコンマンが業務課(談合担当)に異動し、業界の「調整」、見積りと入札価格のすり合わせ、仕切り役や各社担当とのやり取り、銀行員の彼女との行き違いなどが詳細に書かれている青春小説だ。最後に、政治と業界、検察がでてきて、黒幕のコンゲームのようになるところが面白い。ここでも、談合は持ちつ持たれつの業界の悪習だが抜けきれず、ムラになっている。画期的新技術も業界の大手を救うのが優先になり、そこに政治がからみ、カネが流れ、今後の工事が事前配分される。<o:p></o:p>
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つぎに「談合文化論」を読んだ。宮崎学は建築解体業の経験など。「突破者」で名をあげる。「いい談合」と「悪い談合」があること。1941年 刑法改正で談合罪が規程されたが1968年大津地裁判決で談合が「利潤の確保と業者の共存、完全な工事という入札の目的が満足される経済的合理性の所産」なら有罪とならなかったとことを根拠としている。<o:p></o:p>
家産(伝統重視)か依法(法律準拠)の官僚制をとりあげ、日本は「家産」で稟議・根回しとともに行政指導・談合が歴史と分析する。企業も「一家」、労働者も「一家」の子弟関係(親分・子分)で同族経営とあり、封建的なものが日本の特質だと指摘する。<o:p></o:p>
談合のシステムは「顔役(まとめ役)」、「金筋(金品の無心)」、「新聞屋(業界紙の購読)」などがあり、ゼネコンの相互扶助システム 「一宿一飯」、「奉加帳」などと分析が細かく初めて知った。さらに、高度成長時代から政治・官僚・民間の3すくみと連合があり、裏金は「建設物価」と公共事業の旨味と指摘し、ゼネコンの談合システムを分析している。建設業の課題として、徒弟制度では「一家」の崩壊であり「一人親方」が増え技術の伝承ができないこと、業界が災害復旧に対応する役割も担えないことを挙げている。<o:p></o:p>
法令順守(コンプライアンス)よりも社会再建のため「自治の談合」を結論付けている。「分権自治」という一種の地域経済論のようだ。<o:p></o:p>
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このような本が出る背景には、公共事業が減ったこと、競争が激しいこと、生産性が上がらないことなどがあろう。「よい談合」とするなら最低制限規制の入札か工事実績の審査などが必要であろう。怖いのは安かろうで事故や不良工事の発生(取り壊すのは費用とエコの負担が発生する)であり、これは食べ物偽装事件など建設入札と同じことだ。つまりは信用というもので裏打ちされていたのが、安くなければ売れない、安いならこれくらいはしょうがないと変化しているのであろう。日本的な技術の継承と誇りが、実は価格競争で失われつつあるのが大きな問題ではなかろうか。 <o:p></o:p>
加えて、指摘されている「かんぽの宿」入札は「政治・官僚・民間」の談合と受け止められかねない「大きなスケール」の「疑惑」だ。政策決定での政治や行政、民間企業モラルの公平かつ公正で「李下に冠を正さず」という模範(noblesse oblige)が必要となろう。