私は双方向のコミュニケーション能力が弱くて
自分の世界の没頭しがちな自閉症スペクトラムの子たちと
自然に親しくなっていくことがけっこうあります。
人を避けて自閉的な無意味に見える行動を繰り返しながら
うろうろしている子たちとも
割合、早い時期に仲良くなっていくし、
一度、心が通じ合えるようになると、人から学ぼうとしなかった子から
私の行動を真似て、何かを学び取ろうとする意欲を
引きだすのが得意です。
前回の記事の◎くんとも
翌朝にはすっかり気持ちが通じ合うようになっていました。
朝食後のレッスンでは◎くんはいきいきした表情でこちらにちょっかいをかけてくるように
なっただけでなく、
作ってあげた工作作品で遊ぶことも受け入れてちょっぴり遊び、
他の子たちと同じ場所にいることも楽めるようになっていました。
外から見ると微々たる変化です。
でも私は◎くんの表情と態度から、◎くんの内面に私に対する親しみや好奇心が
育っているのを感じました。
いろいろなことをこちらから学ぼう、体験を広げてみようとするほどに。
独り言を言いながら、自分の世界に入ってうろうろしている子と
どのようにコミュニケーションを取るのか、
どのようにして親しくなっていくのか、
さっぱり見当もつかないと感じる方がいるかもしれません。
でもそれは、自閉症スペクトラムの子たちの言動が
周囲の期待に反している時に、
それらの全てを無意味で恥ずかしいことで、変だからすぐにでもやめさせたいことという
ネガティブな捉え方で眺めているからかもしれません。
慣れない場所では、自閉症スペクトラムの子たちは、
独り言をぶつぶつ言ったり、くるくる回ったり、
服の裾やかばんの一部を口に入れたりしているときがあります。
自閉症スペクトラムの子たちは、自分の心の中の変化や不安な気持ちや願望を捉えて、
それを言葉にして相手に伝えるすべがない子がたくさんいます。
そのため、その子の中で何らかの気持ちが生じてアウトプットしているはずなのに、
(単に嫌だからその行動に逃げ込むようなものもアウトプットとするなら)
その気持ちも「こうだったら……このようにしてくれたら……こういう順序なら……
こういう環境なら……安心、うれしい、ホッとする」という願望も
伝わらない場合がほとんどです。
外からは、困った行動にしか見えない場合が多いからです。
それを「ああ、またやっている。早くやめさせたい」と思っていると、
そこから何も得ることはできないのですが、
そうした言動から自閉症スペクトラムの子が発信していることを
こちらが少しでも理解しようとすると、
子どもとの距離は急速に縮まっていくことがよくあります。
そうした無意味にも見える言動から、こちらが察することができるのは、
「これ以上近づかないで」だったり、
「このくらいのペースならいい、それ以上展開が早いと不安」だったり、
「とても楽しい」だったり、
「それは知っている、昨日と同じ」だったり
「ぼくから先にさせて、話させて」だったりします。
もちろん、「こうかな?」と感じても、その正確さは定かではありません。
でも、赤ちゃんが泣いている時のことを思い浮かべていただけば、
「これはおむつかな?」「今度はおっぱいかな?」「この泣き方は甘えているのかな?」と
母親には何となく察することができるし、
だいたい合っているものですよね。
それと同じで
自閉症スペクトラムの子の言動から「こういうことかな?」と察して、
フィードバックを返してあげると、
急に記憶や思考が明晰になったかのような言葉を発したり、
ホッと落ち着いた様子でニコニコして活動をはじめたり、
こちらのことが大好きになってくれたりするのです。
DIR治療プログラムの話が後回しになっていますが、次回に書かせていただきますね。
自分の世界の没頭しがちな自閉症スペクトラムの子たちと
自然に親しくなっていくことがけっこうあります。
人を避けて自閉的な無意味に見える行動を繰り返しながら
うろうろしている子たちとも
割合、早い時期に仲良くなっていくし、
一度、心が通じ合えるようになると、人から学ぼうとしなかった子から
私の行動を真似て、何かを学び取ろうとする意欲を
引きだすのが得意です。
前回の記事の◎くんとも
翌朝にはすっかり気持ちが通じ合うようになっていました。
朝食後のレッスンでは◎くんはいきいきした表情でこちらにちょっかいをかけてくるように
なっただけでなく、
作ってあげた工作作品で遊ぶことも受け入れてちょっぴり遊び、
他の子たちと同じ場所にいることも楽めるようになっていました。
外から見ると微々たる変化です。
でも私は◎くんの表情と態度から、◎くんの内面に私に対する親しみや好奇心が
育っているのを感じました。
いろいろなことをこちらから学ぼう、体験を広げてみようとするほどに。
独り言を言いながら、自分の世界に入ってうろうろしている子と
どのようにコミュニケーションを取るのか、
どのようにして親しくなっていくのか、
さっぱり見当もつかないと感じる方がいるかもしれません。
でもそれは、自閉症スペクトラムの子たちの言動が
周囲の期待に反している時に、
それらの全てを無意味で恥ずかしいことで、変だからすぐにでもやめさせたいことという
ネガティブな捉え方で眺めているからかもしれません。
慣れない場所では、自閉症スペクトラムの子たちは、
独り言をぶつぶつ言ったり、くるくる回ったり、
服の裾やかばんの一部を口に入れたりしているときがあります。
自閉症スペクトラムの子たちは、自分の心の中の変化や不安な気持ちや願望を捉えて、
それを言葉にして相手に伝えるすべがない子がたくさんいます。
そのため、その子の中で何らかの気持ちが生じてアウトプットしているはずなのに、
(単に嫌だからその行動に逃げ込むようなものもアウトプットとするなら)
その気持ちも「こうだったら……このようにしてくれたら……こういう順序なら……
こういう環境なら……安心、うれしい、ホッとする」という願望も
伝わらない場合がほとんどです。
外からは、困った行動にしか見えない場合が多いからです。
それを「ああ、またやっている。早くやめさせたい」と思っていると、
そこから何も得ることはできないのですが、
そうした言動から自閉症スペクトラムの子が発信していることを
こちらが少しでも理解しようとすると、
子どもとの距離は急速に縮まっていくことがよくあります。
そうした無意味にも見える言動から、こちらが察することができるのは、
「これ以上近づかないで」だったり、
「このくらいのペースならいい、それ以上展開が早いと不安」だったり、
「とても楽しい」だったり、
「それは知っている、昨日と同じ」だったり
「ぼくから先にさせて、話させて」だったりします。
もちろん、「こうかな?」と感じても、その正確さは定かではありません。
でも、赤ちゃんが泣いている時のことを思い浮かべていただけば、
「これはおむつかな?」「今度はおっぱいかな?」「この泣き方は甘えているのかな?」と
母親には何となく察することができるし、
だいたい合っているものですよね。
それと同じで
自閉症スペクトラムの子の言動から「こういうことかな?」と察して、
フィードバックを返してあげると、
急に記憶や思考が明晰になったかのような言葉を発したり、
ホッと落ち着いた様子でニコニコして活動をはじめたり、
こちらのことが大好きになってくれたりするのです。
DIR治療プログラムの話が後回しになっていますが、次回に書かせていただきますね。