自閉症のトムくん 爆発的に言葉が出てきそうな予感 16
の続きです。
トムくんはいくつかの童謡を歌うことができます。
妹のジェリーちゃんが歌い始めると、それにあわせてかなり長い歌詞を歌いきることができます。
その一方で、会話できる言葉は極端に少ない現実があります。
もっともしゃべること自体がまったくできない時期が長かったことを
思えば、そこにも大きな成長を感じはするのですが。
テンプル・グランディンさんの『自閉症の才能開発 自閉症と天才をつなぐ環』という著書に次のようなことが
書かれています。
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セラピストたちはときたまノンウ゛ァーバル(音声言語のない)児童が、話し言葉の能力を習得する以前に、
歌をうたえるようになることを体験上知っている。
こうした者の脳は話し言葉の能力をつかさどる回路よりも、
歌をうたう回路のほうが正常なのであろう。
歌のリズムが聴覚対応能力を安定させ、じゃまな音を遮断する助けになるのだと思う。
だから、自閉症児の中にはコミュニケートしようとして、CMソングを口にするかもしれない。
絵の動きとCMソングの組み合わせは、聴覚リズムと視覚的イメージを生み出す。
テレーズ・ジョリフェの両親は、彼女が子供のころは、ある種の音楽をかけると言葉が出たことを
話してくれたそうだ。私は耳につく騒音を遮断するためにハミングしたものである。
『自閉症の才能開発 自閉症と天才をつなぐ環』テンプル・グランディン 学習研究社
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トムくんも話し言葉の能力をつかさどる回路よりも
歌をうたう回路の方が正しく機能しているのかもしれません。
トムくんが不必要な情報を遮断する方法は、
細部の一点だけに集中することのように見えます。
たとえば写真のような凸凹のあるブロックにストローをさして遊んだところ、
ストローの先端の小さな穴にアイロンビーズを入れていくという作業をわたしと交互にするのを楽しんだり、
初めてする作業にも関わらず
集中力を持続させて取り組んだりできるのです。
トムくんは何を見たらいいか漠然としていたり、
見る範囲が大きかったりすると、注意力が散漫になって
見る能力も聞く能力も落ちるように見えます。
いっしょに隠しっこ遊びをしていた時も、目を向ける対象がはっきりしない間は、
遊びの意味が理解できない様子で、
妹のジェリーちゃんの「どこに隠す?どこに?」といった声に
パニックを起こしかけていました。
それが、目を何に向けたらいいのか、それもわかりやすい1点が示されていて、
次に自分が目を向けるべき対象も示されている時には、
耳で聞いたことに対する反応が
的確になっているのも感じました。
そういえばトムくんは、小学生になって文字をいくつか覚えたことをきっかけに、
言葉が少しずつ出はじめたそうなのです。
また最近は、ニュースの字幕の読める文字を拾うのが楽しくなってきているそうで、
文字を見ることに刺激されて、言葉を発することがよくあるそうです。
先に紹介した『自閉症の才能開発 自閉症と天才をつなぐ環』には、次のような記述もあります。
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二十年前、自閉症児のセラピーをしていたカール・デルカートは、低機能自閉症者の感覚器官には、
ホワイト・ノイズがはいっているのではないかと推論し、彼の著書『Ultimate Stranger 』 で、
過度、過少、そしてホワイト・ノイズの三つの感覚処理問題について言及している。
過度は過剰反応、過少は低反応、そしてホワイト・ノイズは自己内部妨害を意味する。
多くの自閉症者と話をするうちに、わたしはノンウ゛ァーバルの(音声言語のない)自閉症者の
世界への洞察をもたらす、異常感覚連続体があることがよく分かった。
(略)
注意を奪うような風景や音から保護されればされるほど、彼らの未熟な神経組織は、
話し言葉を正確に認識できるようになる。彼らの聞き取りを助けるために、教師は過度の視覚刺激から、
彼らを遠ざけてやらなければならない。
(略)
聞いたことを「おうむ返し」(エコラリア)する子供は、感覚処理連続体の中ほどにあり、おうむ返しするに足る
言語を認知できているのであろう。
アインシュタイン病院のドリス・アレン博士は、言語の発達を阻害しないために、おうむ返しをくじいては
いけないと強調している。
子供は自分が聞いたことを確認するために、おうむ返しするのである。
『自閉症の才能開発 自閉症と天才をつなぐ環』テンプル・グランディン 学習研究社
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トムくんも視覚の情報処理と聴覚の情報処理に深刻な問題を抱えているようです。
それらを軽減する方法は、トムくんが場所や状況によって
比較的スムーズにそれらを処理できている場合があることに
注目する必要があるのかもしれません。
キッチンでおなべを見つめる時と、家具などがない奥の部屋の隅に腰かけている時のトムくんは、
話をきちんと聞き取ることができるようです。
また自分からわたしの腕に手を乗せて、わたしの意図を読もうとするように
真剣な表情でこちらを見る時には、
話しかけた言葉を了解して次の活動につながっていくことが多いです。
トムくんはお父さんが大好きでひざに乗って
上機嫌で笑いながら過ごすことがよくあるのですが、
その間は完全にリラックスしているようで、見たり聞いたりすることへの注意力は
どこかにいってしまっているように見えます。
が、お父さんが台所で調理をする時には、調理の流れを真剣に目で追いながら、
お父さんの言葉かけをよく理解しているようです。
トムくんにとってお父さんの声の音程やリズムはとても心地よいようですが、
お父さんに対して自発的に何か伝えようという思いはあまり抱いていないようです。
yohikoさんに対するトムくんは、yohikoさんの求めている意図を正しく読みとろう、
正しい答えをアウトプットできるように期待に応えようとする一生懸命さが先だって、
自分の思いを伝えようとする態度が空回りしてしまうようです。
おそらくトムくんはふたつのことを同時に行うのはとても困難なのでしょう。yohikoさんが
トムくんの気持ちを正しく読み取ってあげようとするほど、トムくんは自分の言動が間違っているのではないかと
不安になって軽くパニックを起こしてしまうようにも見えます。
トムくんが何か言いたそうな時、言葉で「なあに?」「~なの?」と矢継ぎ早に返さずに、
静かに、トムくんの置かれている状況と視線の行方を見て、
何を言いたがっているのか黙ったまま判断して、
言いたかった内容を目で確かめられる状態を作って、見る対象をはっきりさせて安心させてから、
「~なの?」とたずねるといいのかもしれません。
いくつもの情報処理を同時にこなして混乱することがないように、
こちら側が「見る」「聞く」のスイッチのどちらかだけで対応できる時間をあえて作ってあげるのです。
トムくんが何かを伝えたい、言いたいという気持ちにさせるのは、
妹のジェリーちゃんの言動のようです。
ジェリーちゃんがおかわり用のお椀からおかわりしようとする時や、
トムくんを遊びに誘っておいて全ていいとこ取りしてしまう時、
ジェリーちゃんが予想外の行動に出た時など、
トムくんはあわてた様子で周囲の人々に何か言いたそうな様子で
取り乱しています。
またわたしに対しては、さまざまな細かい状況を伝えよう、伝えたい、という気持ちを
はっきり表現するようになっています。
言いたいことがある時は、わたしの手を軽くつかんで、
もう一方の手を影絵の狐を演じる時のようにパクパクさせる素振りをよくします。
その姿から、身近な人が本人の意志を伝えやすい構えを作っておくことで、
複雑なさまざまな思いも表現してみようという
意欲が生まれてくるのだろうと思われます。
ただトムくんのそうした意欲は、背後からの視線などで
失われやすいことも感じました。
トムくんは、トムくんよりかなり離れた地点で、隠れてトムくんの様子をうかがっていても、
それにすぐ気づくような過敏さを持っているのです。
そのように妹のジェリーちゃんは気付かないような視覚の情報にまで反応してしまうため、
注意が散漫になったり、非常に疲れやすかったりするのかもしれません。
それと関係があるのか、視線を安心して向けていていい一点が定まっている場では
相手の話に耳を傾けたり、指示にしたがったりしやすくなるようです。
トムくんは色に対して敏感で、色を取り入れると
急に理解力が高まることがありますから、
そうした注意を向けやすいものを利用して、
不必要な情報を遮断して、見聞きしたり、自分の意思を伝えたりすることが
楽にならないか、いろいろ探ってみるといいようにも思いました。