フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

1月14日(日) 晴れ

2007-01-15 02:28:04 | Weblog
  鹿児島の「古書リゼット」から注文しておいた『古川ロッパ昭和日記』全4巻(晶文社)が届いた。4万円也。「日本の古本屋」に出品されていたときの価格は4万5千円であったが、注文をしたところ、「戦前編」の天小口に3センチほどの線を引いたようなシミが見つかったので5千円値引きさせていただきたいとのメールが返ってきた。良心的な古書店である。
  戦前の代表的コメディアンの一人である古川ロッパは、永井荷風、高見順と並ぶ日記文学の巨匠でもある。たとえば、1954年4月12日の日記を例に引いてみよう。別に特別な日ではなく、たんに私の誕生日の翌日であるというに過ぎない(残念ながら4月11日の日記はない)。

 「四月十二日(月曜)曇後雨
  九時に眼が覚めた。今朝は寝坊するよと言っといたんで、風呂が沸いてゐない。よろしい、風呂は略してやる。咳よく出る、痰も亦。朝食は、仙台味噌里いもの汁、焼魚とオムレツ、二杯。曇りて風強し。今日、「よい婿どの」試写、目黒スタヂオにて一時よりあり、見に行くつもり。だが、それから何うしよう、金がなくて元気がない。「笑の泉」へ随分書いたが、まだ原稿料一文も呉れない。NHKの絆を断ちてのうのうとしてが、五六千円宛の小づかひ収入がなくなったので、たちまち貧乏なり。我に引かへて、エノケンも金語楼も、NHKに毎週プログラムを持ち、民間の方へもどしどし出てゐる。こっちは、てんで出ないことになったのは不思議のやうな気がする。十時すぎ、雨も加はる、出るのがおっくうになる。雨も風も激しくなり、夜は嵐といふ。雨濡りで、畳をあげるさわぎ。此の老屋も、修繕修繕のし通しだ。ああ、家のいいのに住みたいものよ喃。一時二十分前、タクシー来り、目黒東京映画へ。「よい婿どの」完成試写あり。まあまあ見られるものになってゐる。わが演出の部分、面白し、わが芸もここでは頗る味あり。金五楼・トニー谷・中村是好の勝手な芝居が、ことをこわしてゐる。しみじみとしたホームドラマになるものを、無理に、かういうものを入れるからだ。了って直ぐ又タクシーで家へ帰る。雨、白雨といふ感じで降りつづく。腹が減ったんで、カレーうどんとり、ムニャムニャと食ふ。それから床にて、伊藤整「日本文壇史」を読み、六時半迄に百頁、雨漸くアガりにて風のみとなる。七時、サントリーハイボール、コロッケ、やきとりで、トースト。かくて、まだ八時。天上し、ラジオききつつー(今夜も、むろん薬のまず)」

  人気の凋落したお笑い芸人の悲哀がひしひしと伝わってくる。と同時に、食べたものや、読んだ本について言及しているところは、私としては親しみがもてる。もしロッパが私の「フィールドノート」を読んでくれたら彼も私に親しみをもってくれたかもしれない。ロッパは1903年(明治36年)の生まれであるから、このとき51歳。私より一つ下である。

      
                一巻あたり900ページもある