King Diary

秩父で今日も季節を感じながら珈琲豆を焼いている

左回りと思い出されたようなオーダー

2019年08月27日 10時45分49秒 | 珈琲

昨日のランニングコースはまた荒川をまたいで巴川橋を渡り桜橋から公園橋まで走りました。

走り出しはノロノロとしたもので、雨が降り出してこれは中止かなとかコースをどこで端折り

短くしておしまいにすることを考えたり、トイレに寄ろうかとかぐずぐずとしてペースが

あがりません。ペースが上がらず、コースも短くしたりするのが夏の暑さの中ではあること

ですが、この左回りのコースだとかつてのようなK5分のペースに上がることも可能で、この

コースタイムが一時間と数分で走れます。

 

昨日も一時間6分でした。これはもう暑さがかつてのような夜でも下がらないというものでなく、

30度を切っており、夜の川風で涼しく走れるというのもあります。また、このペースで走ることに

よって体に起きる変化とか色々な効果があるのですが、最初こそなかなかそんな走るペースにならず、

何か理由を見つけてやめて変える方法を考えていたりします。

 

しかし、本来持っている走る力とか精神力とか当然これはいつもやっていることであり何も困難な

無理難題に挑んでいるわけではないのです。いつもやっていることであり、十分自分の体力内の

行動です。なのに、あふれる汗や時折ぶつかる虫やら不快なものもあり、やめてしまえという

欲求を意識にあげてきます。

 

真夏の一番厳しい時にはこれでまた自分は強くなれると言い聞かせながら走ったものです。

今ではスピードに乗り出すともう何も必要ありません。周りの様子や見かける散歩の人の

様子とか色々と観察ポイントや精神的変化とかまた味わうべきものが出てきます。

 

23番からの別所の道は巴川からずっとゆるゆるとした下りです。意外と早く桜橋について

しまい、こうなればいやでも三段坂の公園橋に行かないわけにはいきません。昨日はひとりの

ウォーキングの女性にすれ違いました。これは珍しいケースでウォーキングの人は公園橋から

また公園橋を引き返す人が殆どでこちら側に足を向ける人はいないのです。

 

私が走って逆コースを辿ると登ってくる夫婦の人とか歩いている人とはすれ違いますが、下る人は

滅多にいません。こういうくらい道だとランナー同士だとあいさつされたりしますが、歩いている

人が走っている人にあいさつしてくることは滅多にありません。これはどうしてなのかというと

走っている人はスピードがありますから、声をかけずらいということと仲間意識はやはり同じ

スタイルの人という事なのでしょうか。キヤノンの通りだと歩いている人に走っているときは

声をかけられないのですが、信号で減速したり止まると声をかけられます。

 

これはどうやら顔を覚えられたという事なのでしょう。

 

こんな何気ない事でも実は走り続けるには重要なことです。

 

昨日は最高気温が30度を超さず時折雨も降るという天候で、そうなると思い出したように

珈琲を欲しいという方の電話がなります。

 

併せて週末の予定も色々と用事やらお誘いやらがあり、月末で色々と処理もありまた調整が

必要となる事態となりました。

 

来月には二回の連休でその予定やらイベントの招待やらもあり、いつまで夏気分でいられない

秋の行楽シーズンという観光地ならでわのイベントやら行事やらまたぞろ色々と話があります。

町の中でも秋の芸術祭とか音楽祭とかのポスターが見られます。

 

まだ暑いけれどもう秋は始まっているという感じです。夜はもうすっかり虫の大合唱があり、

夜走っていてもいろいろな虫の音がします。

 

珈琲がほしくなる季節もすぐそこという感じです。

 

コメント
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