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心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

夏の夜の「くゎいだん」 帰っていった母

2012-08-18 14:48:05 | よしなしごと
 ムシムシと寝苦しい折から、やっと寝付いてしばらくしたと思ったら何やら階下でゴトゴトと物音がします。うるさいなと思いながらしばらくそのままで聞いていましたが、どうもただならぬ様子なので仕方なく起き上がって階段を降りました。
 
 するとどうでしょう、玄関の戸が開けっ放しになったままなのです。何やら雑然とした感じで、物音はやはり奥の部屋から聞こえます。
 とっさに泥棒だろうと思いました。
 それで、逃げられないようにと玄関の戸に施錠して、携帯で110番しようと思いました。

              
                1945(昭20)年 国民学校一年生へ入学

 すると、奥の部屋から母の声が聞こえて、「鍵をしないでおくれ」とのことです。
 そして、母が姿を表しました。淡い色の着物姿です。
 「どうして戸を開けっ放しにしておくんだい」
 と、尋ねる私。

 「そりゃあ、これから出かけるからさ。そのあとで鍵をしておくれ」
 「出かけるってどこへさ」
 「決まってるだろう。帰るのさ」
 というと母はするすると玄関を出てゆきます。

                  
                1950年代のはじめ私がおもちゃのカメラで取ったもの

 それを見送りながら、私はハッと気づき、烈しい衝撃に襲われました。
 母は晩年、意識もない寝たきり状態で、その声など何年も聞いたことがなかったのです。
 そして息を引き取ってからもう三年以上も経つのです。
 慌てて目を凝らしたのですが、母のうしろ姿が闇に消えるところでした。

 ここで目が覚めました。
 体全体にねっとりした汗がまとわりついていました。
 8月16日の夜のことでした。


     (創作ではありません。実体験です。  念のため)
コメント
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