六文錢の部屋へようこそ!

心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

大音響のガナリ声 旧統一教会の自民党への反撃 付:撤去された「飛翔」

2022-11-22 17:59:51 | フォトエッセイ

 20日、今月二度めの名古屋へ。駅頭に降り立ったとたんに大音響のガナリ声が響く。
 行く先へにはまだ時間の余裕があったので、何事かと近くへ寄ってみる。幟に文鮮明の名が。これはまさに旧統一教会の街宣にほかならないと耳を澄ます。

       

 あまりがなり過ぎるのでかえってよく聞き取れないが、どうやら激しい調子で自民党や現政権を非難している様子。中には「小泉のせがれ」といった固有名詞も混じる。
 
 全体のトーンとしては、自分たちが自民党を支えてきたのに、それがいま、裏切って抑圧する側に回ろうとしていることを激しく責めているようだ。別に、旧統一教会の肩をもつわけではないが、その言い分に一理はある。

       
 
 さんざん自分たちを利用し、選挙のときなど使いまわしておきながら、事の真相が露見した途端、絶縁を言い出すばかりか、このままでは支持率の下落が止まらないとばかり、過去の恩義も忘れて規制法案を用意したり、宗教法人への質問権を手に、最悪の場合は解散をもという構え、これを許してなるものか・・・・といったところだろう。

 まあ、私にとってはどうでもいいことで、どっちもどっちでもたれ合ってきたのだから、この際、喧嘩でもなんでも思い切っておやりになり、その拍子にいろいろな事実がポロポロ出てくればかえってスッキリするのではないか。

       
 
 そこを離れて数十メートルゆくと、今度はまったくだんまりのスタンディング。こちらはかつて澤地久枝さんが考え、それを金子兜太が揮毫した「アベ政治を許さない」のプラカードを掲げたままである。
 アベ政治云々はいささか古いかもという思いもあるが、現政権が基本的にはアベ政治の枠を抜け出ていないこと、「モリ・カケ・サクラ」が何ら解明されていないということからしたら、これでいいのかもしれない。

  
 
 ところで、名古屋駅の桜通口にあった巨大モニュメント「飛翔」が撤去され、その箇所が白い板で覆われているのは、長年、見慣れてきたものがなくなっただけにちょっと痛々しい感もある。

       
          これは今年の6月29日 「飛翔」が健在だった頃
 
 もっとも私は、いまの大名古屋ビルヂングの先代もがまだなく、駅前を市電が行き来していた頃をしっているだけにまあ、時の流れというものは人の思い入れなどはブルで地均しをするように打ち壊して進むものなのだろうとわかってしまっている。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 六文銭の飼育日記 最近の餌... | トップ | 久しぶりに劇団pH-7 の公演を... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。