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【公式HPはこちら↑】
揚場町にあったという石鹸工場。
戮明舎(戮盟社)
⇒牛込舎
⇒安永舎
という流れまでが昨日のお話。
この安永舎さん、明治27年には「農商務省、ドイツ製石鹸機械を安永舎に貸与」と花王石鹸七十年史に記されていますgから、それなりの存在感があったようですね。
安永舎さんでは、その後ウキワ石鹸とかイリス粉石鹸(←「石鹸切屑の乾燥末」らしい)などの製品を発売したようですが、大正6年に解散してしまったようです。
大正6年(1917) 安永舎解散、東京石鹸会社設立(ペナン石鹸製造・三共発売)
(資料によっては、東京石鹸「株式」会社でした)
揚場町名物「ウキワ石鹸」とか復刻したくなっちゃいますが、それはさておき、安永舎を引き継いだ「東京石鹸会社」、名前が一般的で調べにくかったのですが、こんな広告を大正八年の官報に出していたのを発見しました。
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ラベル石鹸、だそうです。
(揚場町名物は「ラベル石鹸」の方がウケそうですね)
で、この東京石鹸株式会社、この広告のように亀戸に本店があったようですが、またちょっと異動があったようです。
大正9年(1920)9月6日
東京石鹸製造株式会社を設立(東京府下亀戸町、現・江東区/資本金100万円/社長・塩原又策/東京石鹸株式会社の事業を継承し、ラベル、ベナンなどの化粧石鹸を製造/当社香粧品部が発売)
こちらは三共(株)の「三共百年史」。
安永舎
⇒東京石鹸株式会社
⇒東京石鹸製造株式会社、ということで、製造(に特化した)会社になったようです。
この東京石鹸製造株式会社、その後10年足らずに最終ステージを迎えたようです。
昭和3年(1928)2月29日
亀戸工場を開設(東京石鹸製造株式会社の解散により継承しグリセリンを製造して当社香粧品部が発売)
これも三共(株)の「三共百年史」ですから、「当社香粧品部」というのは三共(株)のこと。
大きな会社の亀戸工場になった、ということ。
「三共」は「新三共胃腸薬」「リゲイン」とかで有名な製薬会社ですが、よくよく考えていると、平成の半ばに第一製薬と合併して、今は「第一三共」ですね。
明治初期に揚場町にできた日本初?の石鹸工場。
その後150年、ウチが「升本」としてぼやぼやしている間に、
戮明舎⇒牛込舎⇒安永舎⇒東京石鹸株式会社⇒東京石鹸製造会社⇒三共⇒第一三共
という変遷を辿った、ということになります。
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