きっと、いいことあるよね!

母(sake)と息子(keke)の日々の記録。
お出かけ写真と料理など。

睡眠不足の父

2010-02-08 | 父の記録と母の思い出
父の所に行くと、「sakeか!」と元気に言う。
隣のシアワセばあさんも「今、話してたところよ。噂をすれば影じゃないの!」と喜んだ。そして、「私は向こうに行ってるから、家族でゆっくり話しなさい」と席を立った。

父はボケる前のように気力があったので最初はうれしくなったが、話をしているうちに様相が違うことが判明した。今日は家に帰ることになっている、と言い張り、もうじき妹が来るはずになっているんだ。と言う。
「今日は妹は来る日じゃないし、おじいちゃんはここにお泊りするんだよ」と言うと、「そうか・・いや違うそうじゃない」と言う。
さらに話を聞いていると「(父のとっくに亡くなった)おとうちゃんやおかあちゃんが家で待っているんだ」と言う。とにかく今日は絶対に帰る日だ、と言い張る。

私の姿に気づいた看護婦さんが謝りながら「昨日は睡眠がとれなくて、ちょっと撹乱してしまっているようです。さっきも眠れるように部屋にお連れしたのですが、すぐに戻ってきてしまって・・また午後にお昼寝するように誘ってみますね」と言う。
「暴力まではないです(から安心してください)」と言う言葉から、以前、父が杖を振り回してショートステイ2箇所から「もう預かれない」と断られた経緯があるが、そう言う時はこのような状態だったのだと思われた。妹ははっきり言わないが、施設に行く前から、このような事がたびたびあったのだろう。

いつか朝方突然姿がなくなり、徘徊して何キロも先の病院で収容されていた事があったが、それもこのような状態だったのだろうと思われた。
こう言う時はやたら元気で、普段名前が出ない兄弟の名前まで思い出したりする。

しばらく話をうんうん聞いていれば落ち着くのではないか?と思い、聞いてみたが「今日は家に帰る大事な日」「書類は朝用意した」と言い、人が通るたびに「あれは妹ではないか?」と言う。
フラフラ徘徊しているおばあさんが、たまたまソファーの隣に腰掛けると、父は名前を名乗って「どうしたの?」と優しい声を掛けて、手を握ろうとする。
「今度は誰だと妄想してるんだ?!」と思い、「おじいちゃん、おじいちゃん、kekeがね。。。」と注意をそらそうとすると、「kekeか?」と一瞬注意がそがれるが、やはり「妹は何時に来るんだ。」「今日は家に帰れるはず」と繰り返す。

そんな事が1時間半繰り返され、「これは寝かしてもらう他に、なす術はない」と私もやっと思えるようになり、「それじゃ、おじいちゃん、また来週来るね。」と言うと、「今日は家に帰るはずだ」と譲ってきかない。
「帰りたい帰りたい」と繰り返す父を残すのは心苦しかったが、これはプロに任せるのが一番だ。
「埒があかないので、今日は帰ります」と近くの看護士さんに言うと、私がEVに乗る間、父の気をそらせてくれた。

帰りの車で、「今に私もこうなるのだなぁ」と思った。
今日の父の様子は、頭がへんになった時の母とそっくりだった。
母(認知症ではなかったが)も何日も眠れない日が続くと、おかしな事を言い出して、父よりもパワフルだったから、声を出したり歌いだしたりしていた。
子供の頃は「なんておかしな親に生まれついたものだろう」と自分の運命を嘆いたりしたが、バランスが崩れると誰でもそうなるのかもしれない。別におかしな親でも特別な家庭でもなかった。むしろ両親仲よくて、恵まれた方の家庭だった。

人間は頭がよいので、いろんな動物を思い通りにして、自分の都合よいように文明をどんどん発達させてきたわけなのだが、その精神はなんて脆いものなのだろう。どんな生き物より脆いのだ。
やっぱり神様は、二物は与えないのだろう。