Sightsong

自縄自縛日記

齋藤徹、2009年5月、東中野

2010-05-08 20:47:11 | アヴァンギャルド・ジャズ

すべて、ライカM3、Elmarit 90mmF2.8、Tri-X(+2)、イルフォードMG IV RC、3号

※以下再掲

齋藤徹「徹の部屋 VOL.2」(Space&cafeポレポレ坐、2009年5月29日)

「ひつじ年生まれ」のベーシスト3人(瀬尾高志、内山和重、齋藤徹)が、ベースだけでライヴを行うという変な試み。聴客は何十人もいた。

第一部は、タンゴ、それから「チューニングによる連作」。あえて演奏家としての技術を不自由にするため、3人ともベースを床に寝かせ、弓でゆっくりと演奏を始める。緊張感というよりむしろアンビエントな感じであり、聴いているこちらは呼吸困難にはならない。やがてゆるりと立ち上がり、ベースを弾き始める。

第二部は、まず「for ZAI」の一部を、「蛙の合唱」バージョンとして演奏した。ぎざぎざのおもちゃで弦を擦り、ついでに蛙の口真似をしてみたりするのを観て、会場からは笑いが漏れる。次に「オンバク・ヒタム桜鯛」。「ビッキ柳」という樹の枝の樹皮を剥いて白くなった棒を使い、べよんべよんと弦を叩く。

ここでのコンセプトは「オンバク・ヒタム」(黒潮)だということで、音楽の位置は東南アジアから琉球弧、さらに韓国、日本海へとつながっていく。この日配られた紙には、日本海を上に、日本を下にした地図とともに「「日本海」は大きな「内海」だった」という言葉が添えられている。確かにこれだけで随分とものの見方が異なってくる。演奏後の話でも、齋藤徹さんがこのあたりのリンケージをずっと気にしてきているということだった。伊波普猷の沖縄学における琉球とアイヌとのリンク、伊波に触発された柳田國男の「海上の道」島尾敏雄の「ヤポネシア」など、想像世界が拡がりそうだ。

演奏は琉球弧へと進む。琉球音階のようなメロディーもそうだが、面白かったのは指笛。なんと、薄い板で弦を叩き、指笛のような音を出している!

さらに韓国の大きな銅鑼を持ち出す。この繊細で割れたような音を聴いたあとすぐに、ベースの弦の音を聴くと、とても新鮮に思えた。

今後、大勢の筝との共演を行い、さらにこのコントラバストリオを合体させたうえで、田中泯の踊りを加え、「オンバク・ヒタム」を完成させていくとのことであり、かなり刺激的なプロジェクトになりそうな予感。

・・・などと、ライヴを観たあとに書いていたが、その後この試みに足を運ぶことができないまま、もう7回が終わっている。そろそろテツさんのライヴに行きたいものだと思っていると、しばらくヨーロッパ・ツアーだということ。齋藤徹+今井和雄『Orbit Zero』がCDという形になるので、まずはこれを聴くのが楽しみなのだ。

●参照
ユーラシアン・エコーズ、金石出
齋藤徹『パナリ』
往来トリオの2作品、『往来』と『雲は行く』
ミッシェル・ドネダと齋藤徹、ペンタックス43mm
ジョゼフ・ジャーマン『ポエム・ソング』


フィル・ミントン、2010年2月、ロンドン

2010-05-08 14:47:59 | アヴァンギャルド・ジャズ


ロンドン・インプロヴァイザーズ・オーケストラ Leica M3、Summicron 50mmF2.0、Tri-X(+3)、フジブロ4号


休憩時間 Leica M3、Summicron 50mmF2.0、Tri-X(+3)、フジブロ4号

Cafe OTOでのロンドン・インプロヴァイザーズ・オーケストラのライヴは、休憩をはさんでセカンド・ステージになった。突然、前の椅子にやはり見覚えのある男が座る。ああ、フィル・ミントンだ。顔を真っ赤にして(暗くてわからないが、多分)、喉から口笛のような音を出したり、叫んだりした。ミントンもたぶん10年以上前に東京で観て以来だ。来てよかった。

知り合ったばかりのマリアさんとバスで帰ろうとするが、2人ともよくわからない。マリアさんは2週間前、「人生を変えるため」に、スペインからロンドンに来て仕事を探しているらしくて、英語は私よりも下手だ。仕方なくOTOに戻ってタクシーを呼んでもらおうとお店のオーナーに頼んでいると、日本人だった。吃驚した。


フィル・ミントン Leica M3、Summicron 50mmF2.0、Tri-X(+3)、フジブロ4号


フィル・ミントン Leica M3、Summicron 50mmF2.0、Tri-X(+3)、フジブロ4号

※極端に暗くて、Tri-Xの3段増感、シャッタースピード15分の1でも案の定、露出不足。そんなわけで、コントラストを出すため、4号の印画紙を使ってプリントした。


想定外でCDを持っていなかったため、パンフにサインを頂いた

ミントンのヴォイスは、時にオペラのアリアのように朗々と歌うかと思うと、無邪気に叫んだり、特殊技巧を使ったりする。先入観がなければ本当に楽しい。何枚かの盤をよく聴いている。棚にあるのは、ホー・チ・ミンの『獄中日記』を大勢で歌った『Songs from a Prison Diary』(Leo、1993年)、ジョン・ブッチャーの多彩なサックス音と絡む『Mouthful of Ecstasy』(Victo、1996年)、ロル・コクスヒル(サックス)・ノエル・アクショテ(ギター)という変態と組んだEP盤『Minton - Coxhill - Akchote』(Rectangle、97年録音)、完全ソロ・ヴォイス『A Dougnut in One Hand』(FMP、1998年)といったところだ。どのレーベルもいちいち癖がある。

改めて調べてみると、ソロ・ヴォイスの「ドーナツ」ものは、この「片手」だけでなく、「両手」、「ドーナツなし」と出ている。本当に変な人だなあ。

●参照
コクスヒル/ミントン/アクショテのクリスマス集


ロル・コクスヒル、2010年2月、ロンドン

2010-05-08 00:39:47 | アヴァンギャルド・ジャズ

ロンドンの夜、ロンドン・インプロヴァイザーズ・オーケストラを聴きに、Cafe OTOに出かけた。地下鉄を降りて電車に乗り継ごうと思ったらなぜか運休。駅員はバスで行けというが、路線バスなんて日本でもどこでも地域住民にしかわからないものだ。飛び乗って不安に思い、隣に立っていた女性に尋ねると、ああOTOか、音楽を聴くんだろう、私も行くところだ、などと言う。近くに住んでいるのかなと思って一緒に降りると、本当にOTOに向う途中だった。小さいライヴハウスOTOの客は30人くらいなのに、路線バスで巡りあうとはもの凄い偶然だ。そのマリアという女性は、友達の彼氏が演奏するので会いに来たのだった。

OTOに入るのははじめてだが、裸電球がぶらさがっている暗い小屋という印象だ(演奏中も本当に暗い)。Tri-Xを3段増感し(ISO 3200)、50mmの開放F2.0でシャッタースピード15分の1。いかにミラーショックのないレンジファインダーとはいえ、8分の1にしたら手ぶれが無視できない。自分にはこれが限界だ。やはり露出不足だった。下の写真でも、背後のカーテンは明るいようだが、実はまったく明るくないのだ。こうなると、ノクチルックスやノクトンといった超大口径レンズが欲しくなる。それでも、この暗い状況でピントを合わせられるのはライカならではだ。これが一眼レフであったなら、AFであってもMFであってもピンボケは避けられない。


コクスヒルを探せ Leica M3、Summicron 50mmF2.0、Tri-X(+3)、フジブロ4号

OTOは怪しくて暗くてとても自由な雰囲気、さっそく好きになってしまう。演奏がはじまるまで、誰が客で誰が演奏者かまるでわからない。演奏者がときどき入れ替わり指揮者となる即興集団だった。

エヴァン・パーカーが来ないかなと期待していたが、それは叶わなかった。しかし、よくみるとサックスを持ったロル・コクスヒルが座っている。時々、脱力するような個性的なサックス・ソロが聴こえて嬉しくなった。ファースト・ステージが終わって話をすると、新宿ナルシスでの演奏(1998年)も覚えていた。当時、大した手ごたえのない演奏だと感じたのだが、それは実は故なきことではなかった。


ロル・コクスヒル(1) Leica M3、Summicron 50mmF2.0、Tri-X(+3)、フジブロ4号


ロル・コクスヒル(2) Leica M3、Summicron 50mmF2.0、Tri-X(+3)、フジブロ4号


『Freedom of the City 2005』(EMANEM)にサインを頂いた

さて、今日、帰宅してから愛聴盤のLP 2枚組『Frog Dance』(Impetus Records、1986年)を改めてじっくり聴いた。映画『Frog Dance』のサントラでは「とりとめがなく、退屈だろうから」という理由で、コクスヒルが考える形でアルバムにした作品である。

サックス・ソロ、猛禽やトドの鳴き声、バグパイプとのデュオ、ピアノとのデュオ、ベース・ヴィオラ・チェロとの共演など冗談のように多様な演奏が、切れ目なく唐突に切り替わる。プールやトンネルの中での共鳴が激しい場所での演奏も、動物園で鳥が鳴き叫ぶところでの演奏もある。美術館であちこちの部屋を行き来しながらの演奏も収録されている。音響的に脳の特定の部位を刺激されるのだ。

ところが、帰宅したばかりで疲れていることもあってか、時折、意識が混濁し、朦朧とした状態で聴いていることに気が付く(眠いとも言う)。ひたすらユルいコクスヒルの音楽にしては緊張感がある音源にも関わらず、である。恐らくこのユルさこそコクスヒルのキャラであって、新宿で1998年に聴いたライブで手ごたえがないと感じたのは当然なのだった。あなたはあなた、私は私。

●参照
コクスヒル/ミントン/アクショテのクリスマス集