何年か前に中国で買って以来本棚の肥やしになっていたDVD、『大決戦 遼瀋戦役』(1990年)を観る。
中国共産党創立70周年を記念して作られた三部作映画の第一作である。題字は江沢民により書かれたものであり、完成時には、党幹部が多数集まった試写会が開かれ、その様子は中央電視台によって放送されたという。(山本浩『<展望>現代中国映画管見』 >> リンク)
久しぶりの休日ゆえ三部作をまとめて観ようかと思っていたのだが、この第1作だけで上下二部構成、約3時間半もあった。
なお、第二作は「淮海戦役」、第三作は「平津戦役」である。これらの戦いにより、国民党軍は壊滅する。
大戦役の火蓋を切った「遼瀋戦役」は、1948年9月から11月にかけて展開された。軍の規模において国民党軍に相当劣っていた共産党軍は、その活動を中国東北地方にシフトする。言うまでもなく、1945年まで満州国であった地域である。林彪らが指揮する野戦軍が中心となり、遼寧省の錦州、瀋陽、営口、吉林省の長春などを占領する。これにより、国民党兵士47万人余りが死に、国共の軍事比は290万人対300万人と逆転した。(天児慧『巨龍の胎動』 >> リンク)
映画は、凍りついた河川の氷がばきばきと砕けていく様子を毛沢東が見下ろす、これ見よがしにダイナミックなシーンからはじまる。これだけでなく、毛沢東の描き方は礼讃そのものだ。プライドが高く、激しやすく、しかしオープンマインドで人間的、といったように。それに対し、周恩来の描き方は、冷静で人望のある優秀な指導者という雰囲気であり、これもステレオタイプとしか言いようがない。
面白いのは林彪だ。当初は毛の指示に従わず、リスクの高い錦州を攻めようとせず、まずは長春をターゲットとした(国民党の補給ルート上、港湾に近い錦州や営口をおさえることのほうが遥かに重要だった)。その振る舞いは小心者、卑怯者のように見える。それも当然で、林彪は1971年に毛暗殺計画を企て失敗し、秦皇島の空港(河北省、東北地方との国境近く)から軍機による逃亡を試みたがモンゴル上空で墜落死(あるいは撃墜死)した。従って、共産党の国策映画において、立派な描き方はされえない。
劉少奇も失脚して獄死した人であり、出番はほとんどない(文化大革命後に名誉回復されているのだが)。鄧小平は脇役で少し出るのみ。
一方の国民党の蒋介石は、わりに落ち着いて威厳のある人物として描かれている。夫人の宋美齢(三姉妹の末妹)も、流暢な英語で米国人と渡り合うなど華やかな姿を見せている。ところで、蒋介石は妻を本当に「ダーリン」と呼んでいたのか。
そんなわけで、政治的な制約だらけの中で映画としてすぐれたものになるわけがない。共産党軍が妙に快活で機敏に動くのも中国プロパガンダ映画の伝統である。戦闘シーンは比較的新しい作品だけあってわりとまともだ。しかし、何によって戦闘の潮目が変わり、国民党が惨敗したのかよくわからない。それに、いくらなんでも長すぎる。これを三作続けて観ることは不可能だ。
映画には岡村寧次(支那派遣軍総司令官・大将)も登場する。国民党に対し、絶対に東北地方を手放してはならぬ、日本には故郷を失っても満州を失うなという言葉もあるぞ、アメリカとソ連に支配されるぞ、などと悪人面をして助言する場面である。日本人が典型的な悪人として登場するのも伝統だが、次の指摘を勘案すれば、それも仕方がないことだ。
「蒋介石は当然、連合国の一員としての中国を代表とするのは、自分を首班とする国民政府だと考え、日本軍に対して国民政府以外のものには絶対降伏してはならないと命令した。岡村はこの命令を忠実に実行し、中国共産党・八路軍による武装解除の命令には、武力による「自衛」権を発動しても従わないとして拒絶した。このため戦後になってから数千人の日本人が八路軍と戦って死んだのである。
中国共産党はこの岡村大将を中国戦線における第一の戦争犯罪人として、戦後ずっと追求しつづけた。彼は敗戦時の最高指揮官であっただけでなく、華北での「三光作戦」の最高責任者(北支那方面軍司令官)であったからである。しかし蒋介石=国民政府は37年の「南京大虐殺」の責任者として松井石根大将はじめ数人を戦犯として追及したが、ついに岡村を追求することはなかった。彼の利用価値が高かったし、実際彼はよく蒋介石に協力したからである。この蒋介石の処置にはアメリカも同意していたのである。こうして戦後から今日に至るまで、日本人は「三光作戦」についての日本の戦争責任を感ずることもなく過ごしてきた。それどころか「三光作戦」が無罪になったのに「南京大虐殺」だけが戦争犯罪として裁かれたのは不公平だとして、大虐殺をも否定する風潮を作り出した。このような風潮がますます日本人の戦争責任感を弱めていったのである。」(姫田光義他『中国20世紀史』)
●参照 中国プロパガンダ映画
○『白毛女』
○『三八線上』
○陳凱歌『大閲兵』
○『突破烏江』
○『三峡情思』
○謝晋『高山下的花環』