Sightsong

自縄自縛日記

白石隆『海の帝国』、佐藤百合『経済大国インドネシア』

2012-11-17 23:54:32 | 東南アジア

サウジから香港への帰途、白石隆『海の帝国 アジアをどう考えるか』(中公新書、2000年)を読了した。

19世紀に、ラッフルズという人物がいた。英国東インド会社に所属した、シンガポールの生みの親である。

彼が見抜いたマレー半島やインドネシア島嶼における権力構造は、いくつもの中心からなる「まんだら」システムであった。その中心のひとつがマラッカであり、また、のちにシンガポールとなる地であった。各々の中心には、王がいた。そして、スラウェシ島南部のマカッサル人・ブギス人たちが、海の民として交易活動を活発に行っていた。

これは、国境によって色分けされる近代国家とはまるでパラダイムを異にする。そしてその19世紀、英国自由貿易の時代に、近代国家(リヴァイアサン)が誕生する。資本、資源、労働力の囲い込み、そして搾取は、そこからシステムとして変貌する。

確かに、オランダや英国の東インド会社という「会社国家」がいかなるものか、近代国家観からは理解が難しい。そもそも、国家なる観念が変わってきたわけである。著者の指摘によれば、「マレー人」や「中国人」といったラベリングさえも、居住地を分け人口調査のためにリスト作成を行う過程で、創出されたという。ラベル間の境界がいい加減だったのではない。顔かたちや出自が違おうと何人というラベルなど無意味であったところが、ラベリングそのものが、個人のアイデンティティをも形成していったということだ。

まさに民族という観念も、ナショナリズムも、近代の賜物だということさえできる。これは驚くべきことだ。

ところが、中国になると、事情が異なってくる。古代から、農民支配・土地支配こそが帝国の基礎をなしてきたのだという。これは海の「まんだら」と、そこで行われる商業とは相いれない。著者はこのことをもって、中国の市場経済システムが国としての政治経済システムと整合するか疑問だとしている。確かに、天下国家としての固い支配と緩やかな支配、東部の市場主義と内陸部の投資対象・労働力の源泉など、はたしてこのシステムがうまく永続しうるのか、まだ誰にも断言できないのかもしれない。

本書は19世紀から20世紀にかけての国家システムの変貌をダイナミックに描いている。それに対し、現代のインドネシアの姿は、佐藤百合『経済大国インドネシア 21世紀の成長条件』(中公新書、2011年)に、詳しく描き出されている。

腐敗したスハルト時代(1966~98年)が瓦解し、まさに近代的な新興国として、インドネシアが注目されている。その目玉は、人口ポテンシャル、資源(これは、日本の南進時代から変わっていない)、優秀な経済テクノクラートたち、全方位的な成長戦略などなのだという。

実証的にデータと情報が詰め込まれており、ひとつひとつ、なるほどと納得させられる。面白い。

そんなわけで、明日から、今年3回目のインドネシアへ。 

●参照
早瀬晋三『マンダラ国家から国民国家へ』
中野聡『東南アジア占領と日本人』
後藤乾一『近代日本と東南アジア』
鶴見良行『東南アジアを知る』


松戸清裕『ソ連史』

2012-11-17 10:42:58 | 北アジア・中央アジア

サウジ行きの機内では、松戸清裕『ソ連史』(ちくま新書、2011年)も一気に読んでしまった。

崩壊など文字通り想定外であった巨大国家。しかし、振り返ってみると、その歴史はすっぽりと20世紀のなかに収まっている。国境付の国家という存在がさほど古いものではなく、また、戦争、冷戦、民主化、情報化などにおいて激変する現代にあって、ひとつの国家が未来永劫に続くという大前提自体が間違っているのかもしれない。もちろん、それは、ソ連に限らない。

本書は、これまでの固定観念も突き崩してくれる。

フルシチョフの農業への思い。ソ連が大変な高福祉国家であったこと。スターリン時代から想像するような、がんじがらめの監視社会では決してなかったということ。スターリンは極東の朝鮮民族を中央アジアに強制移住させたが、それは西部のドイツ人の強制移住と同根のものとして視なければならないということ。『チェブラーシカ』にも描かれている、企業の環境政策の遅れが、計画達成至上主義という国家構造と無縁ではなかったこと。ゴルバチョフの改革を契機とする国家崩壊は、長期に渡り蓄積した問題のなだれであったということ。ソ連社会主義が西側を魅了したからこそ(勿論それには情報不足もあっただろうが)、西側は、社会政策を実施し、福祉国家化したという面があったということ。

この国の生い立ち、興隆、衰亡をコンパクトに示してくれる本書を読むと、まるで壮大な歴史に立ち会った気にさせられる。良書である。


ミシェル・フーコー『知の考古学』

2012-11-17 09:35:23 | 思想・文学

サウジ行きの機内で、しばらくの間読み続けていた、ミシェル・フーコー『知の考古学』(河出文庫、原著1969年)を読了。

この膨大なテキストの中から、宇宙論が浮かび上がってくる。文字通りの宇宙論ではなく(本書でも、自らを試す言葉として登場する)、相互に異なるメカニズムを持つパラレルワールドを提示する論である。

さらには、ヨーロッパ的とみなされる統一化・中心化を徹底的に排除しようとする。

フーコーの言う<言説>が個々の宇宙であり、それぞれの宇宙の中では、身振りの常識も、話の展開の常識も、まったく、または微妙に異なっている。宇宙内の構成要素たる<言表>については、フーコーは、最小単位とみなすことを許さない。すいかの種のようなものではなく、形も成り立ちも依拠するものもそれぞれに異なるものなのだ。その意味では、分子のように表現することもあやうい。

植物のイメージが因果関係を表徴するものだとすれば、ここでの宇宙論はまったく植物的ではない。そして、フーコーは、結果的に成立している各々の宇宙たる<言説>同士の差異を見出すことが<考古学>であるとする。フーコー自身もはっきりと否定しているように、フーコーは構造主義的ではないのである。

その意味では、松岡正剛氏による本書評(>> リンク)には違和感を覚える。アーカイヴ(<アルシーヴ>)の奥に潜む構造を重視しているとの見方は、構造主義的に見立てていることに他ならないのではないか。アーカイヴ間を縦横無尽に動き回るとしても、問題とされているのは、アーカイヴの構造ではなく、まるで異なる作り方のアーカイヴが共存している様態なのである。何があるのかないのか、何が連続し断絶しているのか、何と何がリンクしているのか、といった、差異化に向けた働きかけである。

「考古学、それは、諸言説の多様性を縮減したり、諸言説を全体化する統一性を描き出したりすることを目指すのではなく、諸言説の多様性をさまざまに異なる形象のなかに配分することを目指すような、一つの比較分析なのだ。」

また、<言説>は静的なものではなく、常に矛盾を抱え、矛盾を翻訳するとともにそこから逃れるために絶えず続行・再開されるという議論はエキサイティングだ。

「言説は、一方の矛盾から他方の矛盾へと至る道であるということ。つまり、言説が目に見える矛盾を生じさせるのは、言説が自ら隠し持つ矛盾に従うからであるということだ。言説を分析すること、それは、矛盾を消失させ、次いでそれを再び出現させることである。それは、言説における矛盾の作用を示すことである。それは、どのようにして言説が、矛盾を表現したり、矛盾に身体を与えたり、矛盾に束の間の外観を付与したりしうるのかを明示することなのだ。」

『監獄の誕生』が、権力生成のあり様や生政治について描き出した一方で、<パノプティコン>という便利なキーワードを人々に与えたのに対し、本書には特段の便利なキーワードはない。知的ぶった某脳科学者が行っているような、そのようなキーワードを使ってのハッタリが、難しいわけである。しかし、膨大なテキストを通過したあとには、壮大な世界が垣間見えてくるような気にさせられる。

●参照
ミシェル・フーコー『監獄の誕生』
ミシェル・フーコー『コレクション4 権力・監禁』
ジル・ドゥルーズ『フーコー』
桜井哲夫『フーコー 知と権力』