中島岳志『中村屋のボース インド独立運動と近代日本のアジア主義』(白水社、原著2005年)を読む。
ラス・ビハリ・ボース。イギリス支配に抵抗してインド独立運動を展開し、本国に居ることができなくなり、第一次世界大戦直後の日本に亡命した人物である。官憲から逃れ、中村屋にかくまってもらったことが、この店における「インドカリー」誕生のきっかけにもなった。
本書は、ボースの生涯を詳細に検証する。インド独立に向けたかれの熱い思いと、矛盾に満ちた言動の変遷を追っていくと、まさに、近代日本が掲げたアジア解放が欺瞞そのものであり、アジア侵略に他ならなかったことがよくわかる。
ボースの敵はイギリスであった。そして、日本は、列強に抗して急速に権力を獲得していきつつある国であった。ボースが夢見て自分のヴィジョンを重ね合わせたのは、インド独立そのものにではなく、日本に、であったのだ。
頭山満や大川周明ら当時のアジア主義者たちに加え、孫文とも接触していたボースは、やがて、日本の軍部や軍事政権の動きを是とし、日本の侵略活動をインド独立の手段として利用するようになっていく。しかし、それは、根本的な矛盾を孕んだものであり、また、帝国主義の日本の傀儡として受けとめられるようにもなる。(なお、A.W.ナイルも、ボースと同様に、日本の満州侵略を肯定する。)
今から冷徹に見れば痛々しいほどの誤ちだったが、このことは、日本におけるアジア主義が、理想的なものから、思想を欠いた侵略者のものまで幅広く、未成熟な運動であったことを如実に示すものに他ならないだろう。その点で、著者は、頭山満らの玄洋社・黒龍会の運動を、思想ではなく、心情に立脚したものであったと手厳しい評価をくだしている。
アジアを視る目にも、いろいろあったのである。そのことは現在でも本質的には変わらない。
●参照
中島岳志『インドの時代』
水野仁輔『銀座ナイルレストラン物語』
尾崎秀樹『評伝 山中峯太郎 夢いまだ成らず』(ボースと山中峯太郎)