母の心臓が力尽き、亡くなりました。86歳、誕生日まであと4日でした。
7月3日、起きると夜中に父から留守電が入っており、母が3度目の救急搬送され、今回は病院から自宅(実家)へ戻ることはできないだろうと宣告されたとのこと。そのため、通常は禁止な面会も許可されるとのこと。午後の面会時間に合わせて家を出、父と合流して面会に行った。痛み止めの麻酔薬のため意識はなく会話はできず顔を見ただけだったが、我々の声に反応したのか身体を起こして起き上がろうと2度3度動き出したのに戦慄した。
7月4日、7時過ぎに病院から「心拍数が下がり脈が弱まっており可能であれば至急ご来院を」との連絡。町内会の軽トラで駆けつけるも、連絡直後の7時半ごろに心停止したとのこと。計器のモニタは無慈悲な一直線、「HR(Heart Rate)=0」を表示。母に触れてみると既に手は冷たくなっていたが、頭にはまだ少し温かみが残っていた。やがて医師が来室、確認して「ご臨終です」の宣告、8時32分。
父親が泣きながら遺体に語り掛けるのを見て、そんなに嘆くなら生前なんでもっと仲良く、優しくしてやらなかったのかと腹立たしく思う。
病院で貰ったリストからネットで立地と評判を調べ、連絡を取り火葬場手配と遺体保管の依頼をする。故人の遺志により葬式不要、戒名無用、墓要らず。早々に手配がつき、11時過ぎ、業者のストレッチャーに載せられ病院をあとに霊安所へ。病院から10分程度、火葬場まで5分以内と交通至便。搬送費、保管料など一切込みで214,000円。
そう遠くない時期に来ると覚悟はしていたが、先月の入退院以来、会うたびに体力が戻り血色が良くなっていたことを思うと残念だが、長い時間苦しまずに逝ったのは良かったのかなと思う。実家に戻ると、誕生日プレゼントで送ったばかりの寝具一式がセットされた母のベッドが寂しげだった。せめて1,2晩でも、プレゼントを使って貰えてよかった。
7月3日、起きると夜中に父から留守電が入っており、母が3度目の救急搬送され、今回は病院から自宅(実家)へ戻ることはできないだろうと宣告されたとのこと。そのため、通常は禁止な面会も許可されるとのこと。午後の面会時間に合わせて家を出、父と合流して面会に行った。痛み止めの麻酔薬のため意識はなく会話はできず顔を見ただけだったが、我々の声に反応したのか身体を起こして起き上がろうと2度3度動き出したのに戦慄した。
7月4日、7時過ぎに病院から「心拍数が下がり脈が弱まっており可能であれば至急ご来院を」との連絡。町内会の軽トラで駆けつけるも、連絡直後の7時半ごろに心停止したとのこと。計器のモニタは無慈悲な一直線、「HR(Heart Rate)=0」を表示。母に触れてみると既に手は冷たくなっていたが、頭にはまだ少し温かみが残っていた。やがて医師が来室、確認して「ご臨終です」の宣告、8時32分。
父親が泣きながら遺体に語り掛けるのを見て、そんなに嘆くなら生前なんでもっと仲良く、優しくしてやらなかったのかと腹立たしく思う。
病院で貰ったリストからネットで立地と評判を調べ、連絡を取り火葬場手配と遺体保管の依頼をする。故人の遺志により葬式不要、戒名無用、墓要らず。早々に手配がつき、11時過ぎ、業者のストレッチャーに載せられ病院をあとに霊安所へ。病院から10分程度、火葬場まで5分以内と交通至便。搬送費、保管料など一切込みで214,000円。
そう遠くない時期に来ると覚悟はしていたが、先月の入退院以来、会うたびに体力が戻り血色が良くなっていたことを思うと残念だが、長い時間苦しまずに逝ったのは良かったのかなと思う。実家に戻ると、誕生日プレゼントで送ったばかりの寝具一式がセットされた母のベッドが寂しげだった。せめて1,2晩でも、プレゼントを使って貰えてよかった。