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「New York Mining Disaster 1941」 The Bee Gees 和訳

2016-04-10 00:08:22 | 洋楽歌詞和訳

Bee Gees - New York Mining Disaster 1941

 ビージーズ(Bee Gees)の「ニューヨーク炭鉱の悲劇(New York Mining Disaster 1941)」という1967年のデビュー曲をここで取り上げる理由は、村上春樹が1981年に発表した短編小説『ニューヨーク炭鉱の悲劇』を論評している加藤典洋の『村上春樹は、むずかしい』(岩波新書 2015.12.18)を読んで、その見逃すことのできない牽強付会振りに驚愕したからであるが、まずは和訳してみる。

「New York Mining Disaster 1941」Bee Gees 日本語訳

僕に何かが起こった場合には
君たちみんなに見てもらいたいものがある
かつて僕が知り合った人の写真なんだけれど

僕の妻を見ませんでしたか、ミスター・ジョーンズ
外がどうなっているか分かりますか?
あまり大きな声で話さないでください
地滑りが起こりますから、ミスター・ジョーンズ

僕は音を聞き逃さないように耳を澄ましています
多分誰かが地下を掘っています
それとも彼らは諦めて全員帰宅して床に就いているのだろうか?
かつて生存していた者はみんな死んでしまったに違いないと思いながら

僕の妻を見ませんでしたか、ミスター・ジョーンズ
外がどうなっているか分かりますか?
あまり大きな声で話さないでください
地滑りが起こりますから、ミスター・ジョーンズ

僕に何かが起こった場合には
君たちみんなに見てもらいたいものがある
かつて僕が知り合った人の写真なんだけれど

僕の妻を見ませんでしたか、ミスター・ジョーンズ
外がどうなっているか分かりますか?
あまり大きな声で話さないでください
地滑りが起こりますから、ミスター・ジョーンズ

 この曲の歌詞の一部が村上春樹の『ニューヨーク炭鉱の悲劇』の題辞として使われている。

地下では救助作業が、
続いているかもしれない。
それともみんなあきらめて
もう引きあげちまったのかな。

 ここの翻訳は問題ないと思う。問題なのは加藤典洋が訳したと思われる以下の翻訳である。

I keep straining ears to hear a sound
(僕は耳をすませている)
Maybe someone is digging underground
(地下のすぐ近くでいまも〔=地下では〕救助作業が続いているかもしれない)
Or have they given up and all gone home to bed
(それともみんなあきらめて、もう引きあげちまったのかな)
Thinking those who once existed must be dead?
(生存者もはやなし、絶望、なんてね)

 村上が2行目と3行目しか引用していない理由は、主人公の「僕」とは別の状況にいる人々を描き、死を「先延ばし」にしたかったからだと思うが、加藤は最後のラインにおいて、どこにも「絶望」という意味の言葉がないにも関わらず、「絶望」という言葉を勝手に付け足し、この短編小説の主人公が28歳ということで1977年頃の学生運動時の「内ゲバ」が描かれているというのである。加藤の言葉を借りるならば「でもこういう解釈は、毒にも薬にもならない」(p.63)どころか百害あって一利無しであろう。短編小説を読むためにわざわざ歴史的背景を知らなければ理解できないのであるならば、そんな気軽に読めない「むずかしい」小説を誰が読むというのだろうか?
 個人的な解釈を記しておくならば、この短編小説で重要な文章は以下の部分であろう。

 最初の自殺した友人を除けば、殆んどの連中は死を意識する暇もなくあっというまに死んでいった。上り慣れている階段をぼんやり上っていると踏み板が一枚はずれていた、そんな感じだ。(『中国行きのスロウ・ボート』 中公文庫 p.102)

 つまり冒頭の題辞とラストの炭鉱の場面において死を意識する人々を描き、その間に主人公の周囲にいた、死を意識せずに死んでいった人々の挿話を挟むことで、死に対する対照性を際立たせようと試みられているのである。
 加藤典洋は文芸評論家で早稲田大学名誉教授らしいのであるが、わざわざ原詩まで引用しながら強引な翻訳をし、どうせ誰も検証しないだろうと高を括っている、読者を舐めた態度は悪質としかいいようがない。「できれば、今後、この小説家には、もっともっと信奉者の輪の外に出て行ってほしい。『傷ついてほしい』とまではむろん、いわないが、『傷つくこと』を恐れないでほしい。あまり自分を大事にしないことも、小説家が大きくなるための大切な資格である。いろんな日本の有為な小説家たち - 前作『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』にいう『名古屋の友人たち』 - とも、ぜひインタビューではなく、対等に言葉を交わしてもらいたい。日本の文学世界と『和解』してほしい。バカな批評家たちにも、嘲笑を浴びせられるくらいでよい。」(p.257-258)と加藤は書いている。「大江健三郎を見よ、J・M・クッツェーを見よ」と書く加藤に、J・D・サリンジャーを無視する理由を訊いてみたいが、いずれにしても自分の生活や執筆姿勢にまでいちいち干渉しようとする「バカな批評家」とは一切関わりたくない村上春樹の気持ちはよく分かる。
 因みに『この愛にすべてを (The Only Game in Town)』(ジョージ・スティーヴンス監督 1970年)においてナイト・クラブのピアノ弾きのジョー・グレーディーを演じたウォーレン・ベイティがクラブの客のフラン・ウォ―カーを演じたエリザベス・テイラーに訊いて弾いた曲は「But Not for Me」である。


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