厚生年金会館に入るのは学生時代以来だ。マキシム・ヴェンゲーロフは右肩痛が完治せず、出演見送りとなり、ピンチヒッターを起用したことが告げられた。『16000円も出したけど、これじゃ10000円でも高いが』と不平をもらすおばはんがいた。
確かにプロモーター側の誠意は感じられなかった。ポール・マッカートニーのコンサートに足を運んで、ブヨブヨのジョン・ウェットンが姿を現すようなものである。「詐欺」に近いものを感じた人も多かったと思う。
19時4分開演。若きヴァイオリン奏者が出てきて1曲披露。黒い着物風の洋服を羽織ったフジコさんの第一部のステージはおよそ43分。華麗な指さばきがはっきりと見える席だった。
リストの曲では腕が何度も交差し、指先が鍵盤の上を飛び跳ねる、まるで蝶々が花の周りを飛び回るように。「ラ・カンパネラ」の美しい調べに聴衆は酔いしれた。彼女は大きな拍手に笑顔で応えた。
20分の休憩を挟んで第二部は共演。「春」を含めて3曲演奏した。派手な衣装に着替えたフジコさんはMCで『厚生年金会館を壊さないでほしい』と訴えていた。コンサート終了は20時57分だった。
私は会場を出てタクシーを拾った。

