寮管理人の呟き

偏屈な管理人が感じたことをストレートに表現する場所です。

総社市総社1丁目14・旧八田部村の豪商元戎屋跡

2014年04月26日 | 
松山往来の本町筋、現住所:総社1丁目14‐20のお宅の前に「頼山陽来遊の元夷屋跡」を示す石柱が建っている。道の向かい(南)が「肉の三協(同4‐15)」だ。

元戎屋跡

旧賀陽郡八田部村の豪商元戎屋・亀山徳右衛門道本(号は北翁)は頼山陽と親交があった人物。郷土の偉人・雪舟の碑を宝福寺へ建立することを念願し、師の国学者・藤井高尚(たかなお)に撰文を依頼し、頼山陽に揮毫してもらった。ただし、碑が完成するまでには相当の年月が流れている。

お茶屋

石碑から西へ約50mの地点に白壁の美しい「井上老松園(同14‐26)」がある。「瓊乃柚(たまのゆ)」という小洒落た和菓子で有名な店だ。

カルチャーセンター

菓子屋の隣が総社カルチャーセンター(同14‐1)。この対面に位置する「かめや呉服店(同4‐8)」はモルタル建築と思われる。昭和30年頃の総社商店街絵図ではセンターの場所が総社郵便局建設予定地となっていたが、真相はどうなのだろうか?

呉服店

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福山市の赤血谷伝説(中編)

2014年04月26日 | 郷土史
小さな石材店事務所の前(木之庄町6丁目11‐3)を通過し更に下りると墓苑の駐車場がある。駐車場から林の中に入っていく。韜光寺境内から山頂辺りまで墓地が続いているという話は本当だった。

墓園


 木之庄焼は、赤かっ色の外観が、備前焼によく似ているため、これまで大抵「備前焼」で通用していた。市教委が、福山市木之庄町(旧木之庄と吉津の村境)にある窯跡を、四十五年十二月発掘調査、出土したとっくりの破片を調べたところ、焼き上がりが硬くしまった感じで、陶土に砂粒を少量含み、光沢があるなど備前焼と違った特徴を持っていることがわかったとある。
 …ここは村境にあり、境界を示すために、山の立ち木をもってした。山の頂上に今も松の大木が残っており、その下にかつて石鎚神社があったが、いまは残骸を残しているのみである。 

『いとしき故郷 ‐本庄・木之庄・北吉津‐ / 鎌田一(平成四年)』

RCC福山放送局

鎌田さんの説明と昭和30年代の住宅地図を頼りに私はしばらく山の中を歩き回った。地図では石鎚神社が北美台の「中国放送(RCC)福山放送局」の下(南)側に位置しているのだ。北美台の区画が完成した頃(※高美台の造成は未着手)までは神社は存在したようである。それから数年後(昭和40年)の地図で既に神社は消えていた。

昭和30年代の住宅地図

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味の逸品ぬれ小餅(秋田いなふく米菓)

2014年04月26日 | 食材
日本には面白いお菓子があるものだ。レンジで温めて食べてもよい米菓。製品は1つずつ小袋包装となっている。

小袋

小袋から取り出して15秒ほど加熱すると砂糖醤油をつけた焼き餅のようになる。おかきと焼き餅の中間程度のしっとりとした食感でなかなか旨い。ぬれ煎餅の進化形とも言えよう。

レンジで加熱

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