(写真:職場近くで 名残りの桜)
日曜日に桜を見にどこかへ…などと思っていたのだが、天気が荒れ放題に荒れたので未遂に終わる。ま、外回りの仕事をしているので、このように仕事中でも桜を愛でる事は出来るのですが。
歳を経るほど過ごすほど、何というか日本人らしく生きる事が好きになってきたような気がしますね。春は桜を見たいし、皐月は若葉を見たくなるし、梅雨には紫陽花を見たくなるし、夏は青い海と新緑の山を見たくなる。長月はいわし雲とススキがあったほうがいいし、秋は燃える紅葉を見て、枯れ野が雪に埋まって冬が来る。
四季折々に出掛けて、デジカメで写真をほいほいと撮るようになったのも影響しているのかもなあ。
関東地方はもう名残の桜加減ですが、いざとなりゃ北の方へちょいと追いかけて行けば桜は見られるので気にしてません。
ハマの桜もいいけど、やっぱ自然あふれる山里で、そうねえ…水の入った田んぼの脇に古い社があって、その脇に一本の古い桜が咲いているような。
そんな桜が見たいですね。
へんしうちょから知らされたのだが、メジロマックイーンが亡くなったそうで…
あの頃は競馬を意識してのめりこみ始めて、もう競馬の付くものなら何でも読み漁ってた…そんな時でした。確定版の東スポが駅に並ぶまで、100円玉握り締めて待ってました(当時まだ東スポ90円だった)。スーパー競馬をビデオに録って、擦り切れるまで見ましたね。それこそ、実況を覚えるくらいに。
そんな頃に頂点に君臨していたのが間違いなくメジロマックイーンでした。
それだけに、何と言うか、この訃報には驚きと、時の流れを感じざるを得ないのです。
一番記憶に残っているのが二回目の京都大賞典かなあ。
大阪杯からの骨折休み明けを持ったまま、京都の直線でブッチ切りでしたか。
(追記:骨折休み明けは大阪杯で、宝塚記念からの休み明けだったらしい 記憶違い)
2.22.7の勝ち時計に、おっそろしい馬だなあと驚いた覚えが。
血統としてはティターン×リマンドの重い感じのステイヤーだったのに、馬自体には決してスピードがなかった訳ではないんだよねえ。伝わらなかっただけで。
府中の横型の着順掲示板から「18番が消えた」あの瞬間。
ゴールデンフェザントに、ダイユウサクに、ウィークポイントだった一瞬の切れ味に屈したジャパンカップと有馬記念。
的場にツケマイ食らった三度目の盾…
思い出は尽きぬ。
ともかく、ご冥福を。
日曜日に桜を見にどこかへ…などと思っていたのだが、天気が荒れ放題に荒れたので未遂に終わる。ま、外回りの仕事をしているので、このように仕事中でも桜を愛でる事は出来るのですが。
歳を経るほど過ごすほど、何というか日本人らしく生きる事が好きになってきたような気がしますね。春は桜を見たいし、皐月は若葉を見たくなるし、梅雨には紫陽花を見たくなるし、夏は青い海と新緑の山を見たくなる。長月はいわし雲とススキがあったほうがいいし、秋は燃える紅葉を見て、枯れ野が雪に埋まって冬が来る。
四季折々に出掛けて、デジカメで写真をほいほいと撮るようになったのも影響しているのかもなあ。
関東地方はもう名残の桜加減ですが、いざとなりゃ北の方へちょいと追いかけて行けば桜は見られるので気にしてません。
ハマの桜もいいけど、やっぱ自然あふれる山里で、そうねえ…水の入った田んぼの脇に古い社があって、その脇に一本の古い桜が咲いているような。
そんな桜が見たいですね。
へんしうちょから知らされたのだが、メジロマックイーンが亡くなったそうで…
あの頃は競馬を意識してのめりこみ始めて、もう競馬の付くものなら何でも読み漁ってた…そんな時でした。確定版の東スポが駅に並ぶまで、100円玉握り締めて待ってました(当時まだ東スポ90円だった)。スーパー競馬をビデオに録って、擦り切れるまで見ましたね。それこそ、実況を覚えるくらいに。
そんな頃に頂点に君臨していたのが間違いなくメジロマックイーンでした。
それだけに、何と言うか、この訃報には驚きと、時の流れを感じざるを得ないのです。
一番記憶に残っているのが二回目の京都大賞典かなあ。
大阪杯からの骨折休み明けを持ったまま、京都の直線でブッチ切りでしたか。
(追記:骨折休み明けは大阪杯で、宝塚記念からの休み明けだったらしい 記憶違い)
2.22.7の勝ち時計に、おっそろしい馬だなあと驚いた覚えが。
血統としてはティターン×リマンドの重い感じのステイヤーだったのに、馬自体には決してスピードがなかった訳ではないんだよねえ。伝わらなかっただけで。
府中の横型の着順掲示板から「18番が消えた」あの瞬間。
ゴールデンフェザントに、ダイユウサクに、ウィークポイントだった一瞬の切れ味に屈したジャパンカップと有馬記念。
的場にツケマイ食らった三度目の盾…
思い出は尽きぬ。
ともかく、ご冥福を。