(おだいりさまとおひなさま@湯田中駅旧駅舎)
最近、週末しかここを更新していませんが仕事も忙しいしなかなか平日には手が回りませんでねえ。そして子供が今週末は鼻風邪っぽいので外出も自重してしまいましたので手持ちのネタもありません(笑)。近所にオープンしたスーパーに子供の風邪薬を買いに行ったくらいのヤル気のない週末、1月2月は関東でも厳しい冷え込みだったですが、暦と言うのは正直なもので3月になって幾分でも春めいて来たような。周囲で花粉症患者が苦悶の声を上げ始めるのと、家から見る丹沢の山々がぼうっと霞んで来た雰囲気に春を感じます。
思えば去年は長電2000系&屋代線の廃止、そして地元ではロマンスカー関連で3編成が一気落ちするなど激動の趣味分野でそれこそ休みは寸暇を惜しんでカメラを握ってたよーな。そう言う意味では今回の3月にはそうさしたるトピックもなく、趣味的には比較的平穏な(笑)生活を送る事が出来そうです。関東圏内では東横線渋谷駅が地上から姿を消す事&副都心線への相互乗り入れ開始くらいが大きなトピックだと思うんだけど、アタクシあんまり東横筋には絡んでないからなあ。それだったら下北沢の駅がとうとう地下に潜っちゃう事の方が感慨深いです。
子供の頃、「京王井の頭線と小田急線の乗り換え駅なのに、何でシモキタの駅は改札を通らないで乗り換えできちゃうの?」と言う事を父親に聞いたら、「もともと井の頭線は帝都電鉄って言って、小田急と同じグループの会社だったんだよ。戦争中に東京から西側の鉄道会社はみーんな東急に合併しちゃったんだけど、戦争が終わってそれぞれ元の会社へ分かれるときに、帝都電鉄は京王電鉄とくっついて小田急からは離れちゃったんだね。だから今でも京王線の正式名は京王帝都電鉄(当時)だし、線路の幅も井の頭線は京王線の本線(1372mm)とは違うでしょう。下北沢の駅に乗り換え改札がないのは、そんな名残がそのまま今まで残っちゃってるからなんだよね」と言う事をかいつまんで教えてくれてソンケーの眼差しを向けた事がある。鉄ヲタではないものの、昔から歴史的なナゼナニみたいな事に関してはやたらと博識なオヤジではあります(笑)。そーいう一歩踏み込んだモノの考えにアタマを巡らせるちょっとマニアックな部分と言うのは、今の自分にもきっと生かされている性質なのかなとも思ったり。
と言う訳で今日は楽しいひなまつり。湯田中駅の旧駅舎に飾ってあった段飾りをどーぞw
ちなみに湯田中駅の周辺は山ノ内町平穏(ひらお)と言うのです。これ豆な。
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