朝刊に「赤ソバ山あいを染める」と題して、会津美里町尾岐地区の赤ソバの写真が載っていた。
天気もいいので、赤ソバを見に行こうと即決、妻と高田方面へ車を走らせた。
久しぶりの伊佐須美神社に参拝した。
菅原神社で孫たちの豊かな学びを、そして撫で牛を撫で、健康をお願いした。
秋の只中を昭和方面に向かうと、そばどころの案内板が目に入った。
途中の街道にはコスモスがきれいに揺れている。ほどなく小山地区の蕎麦屋「鶴好」に着いた。
田舎の食堂と言った感じ、ガラス戸に暖簾がかかっていた。
入口の土間に小さなテーブル、靴を脱いで奥の座敷に。部屋が5つ、6ついずれも
民家の生活の匂いのする部屋だ。
壁のあちこちに絵や写真額が飾られていた。
そこに、郡山の墨彩画家・橋本広喜氏の伊佐須美神社を描いた墨絵がかけられていた。
ざるそばとてんぷらを注文、私は大盛りにした。
器は瀬戸物の丼に盛られて出てきた。付け汁はあっさりして素朴な感じた。
揚げたてのてんぷら1人前は大盛りでおいしかった。ナス、サツマイモ、ササギ、シシトウ、葉物は何だろうか。
静かな山あいの素朴な味を楽しんだ。
店の裏道を進むと、赤ソバの畑が見えた。早速写真に収めた。
赤い花の間に、白いソバの花も咲いていた、もう黒い実がはじけているものもあった。
途中、右へ行くと東尾岐と案内表示があった。
一度だけ、30年も前に来たことがあった。A君の家に家庭訪問したことがあった。思い出に残る生徒だった。
彼はどうしているだろうか、PTA会合には必ず参加してくれたお母さんは健在だろうか。懐かしさに、胸が躍った。
途中おあつらえ向きに東尾岐地区の案内板が立っていた。
同じ名字のお宅が何件もある中で、多分お父さんだろう、生徒の名前の一字が同じお宅を訪ねた。
大当たり、お母さんがおられた。懐かしかった。
歳をとられたが、あのころの鮮明なお話を聞くことができた。
彼も、元気で過ごしていることを聞いた。近いうちに会ってみたいと思っている。
一回限りの人生。生徒たちはそうは思わないだろうが、かつてふれあった生徒たちは私の宝だと思っている。
いつも一過性の触れ合いで終わる人生はさびしい。別れて30年、それぞれにそれぞれの30年があった。
今振り返る時の流れを切なく思い返している。
秋は、感傷的な季節だ。