都月満夫の絵手紙ひろば💖一語一絵💖
都月満夫の短編小説集
「出雲の神様の縁結び」
「ケンちゃんが惚れた女」
「惚れた女が死んだ夜」
「羆撃ち(くまうち)・私の爺さんの話」
「郭公の家」
「クラスメイト」
「白い女」
「逢縁機縁」
「人殺し」
「春の大雪」
「人魚を食った女」
「叫夢 -SCREAM-」
「ヤメ検弁護士」
「十八年目の恋」
「特別失踪者殺人事件」(退屈刑事2)
「ママは外国人」
「タクシーで…」(ドーナツ屋3)
「寿司屋で…」(ドーナツ屋2)
「退屈刑事(たいくつでか)」
「愛が牙を剥く」
「恋愛詐欺師」
「ドーナツ屋で…」>
「桜の木」
「潤子のパンツ」
「出産請負会社」
「闇の中」
「桜・咲爛(さくら・さくらん)」
「しあわせと云う名の猫」
「蜃気楼の時計」
「鰯雲が流れる午後」
「イヴが微笑んだ日」
「桜の花が咲いた夜」
「紅葉のように燃えた夜」
「草原の対決」【児童】
「おとうさんのただいま」【児童】
「七夕・隣の客」(第一部)
「七夕・隣の客」(第二部)
「桜の花が散った夜」
茶壺に追われて トッピンシャン
抜けたらドンドコショ
俵のねずみが米来ってチュウ
チュウ チュウ チュウ
おとさんがよんでも
おかさんがよんでも
行っこなーしよ
井戸のまわりで お茶わんかいたのだあれ
鬼決めや、指遊びに使われる。「お茶壺道中」についての唄だと言われているほか、「不純異性交遊」を表す戯歌とも言われている。
-その1―
このわらべ歌は、江戸時代の茶壷道中(行列)を歌ったものだそうです。
毎年、新茶の季節になると、将軍が飲むお茶を宇治まで受け取りに行く行列が、東海道を下ってきます。
そして、新茶を積み込んだのち、東海道、中仙道を江戸へ帰っていったのです。
その前後左右には、馬50頭とともに役人400人が付くという大層なものだったようです。
茶壷行列が通るとき、東海道の宿場町には、「家からゴミや煙を出してはならない!」などの、細かいお触れ出されていました。
農民や町人は、「下にいぃ、下にぃ」の声が聞こえると、土下座をして行列が通りすぎるのを待ちました。
そこで、「お茶壷様が来たら、戸をピシャンとしめ、ごま味噌でもなめてじっとしていよう。
お茶壷様が通りぬけたら、どんどこしょと、戸を開けて外で遊ぼうよ」と歌われたのが、この歌です。
大名たちも、道の途中で「お茶壷様」に出会うと、籠から降りて出迎えなければなりませんでした。
井戸の周りでお茶碗欠いたのだあれは、茶碗を欠いた小僧が井戸に身を投げたという、子供たちへの戒めだそうです。
この制度は、3代将軍家光が作り、その後、江戸時代の終わりまで続いたそうです。
ところで、この茶壷は、信楽焼きだったのです。そのため、「信楽焼きの茶壷に入れたお茶は、長い間湿らずに良い香りが失われない」と有名になり、各大名からの注文が殺到したそうです。
また、信楽焼きの茶壷は、一般の家庭でも好んで使われるようになりました。
ごまみそ=ごますり接待のこと
トッピンシャン=家の戸を閉める音
抜けたら=通り抜けたら
ドンドコショ=安心して大騒ぎ
ねずみ=米を食べている役人の例え
―その2―
まず ずいずいの「ずい」は、「どんどん~する」という意。
続いての”ずっころばし”はすッ転ばしと言う意味です。
“ごま味噌”と言うのは 昔、ごまや味噌はご馳走だった訳でつまり、ご馳走=女性と取るのだそうです。
“茶壷に追われて” これの茶壷は男性の性器をさすのだそうです。男性に追われて性交されたということです。
次の”とっぴんしゃん”は 性交時の擬音です。
“抜けたがどんどこしょ”は、一回終わってお抜きになっても もっともっとドンドンしようとなります。
“俵の鼠” これは鼠が鼠算と言われる程に繁殖力が強くつまりは精力絶倫を意味します。
そして次の”米食ってチュウ”飯を食ったらまた性交するというのです。
“チュウチュウチュウ”は何度でもするという意味です。
“おっ父さんが呼んでもおっ母さんが呼んでも行きっこ無~し~よ” こんな良い事している時に誰に呼ばれても行きませんよ!
“まわりで”は回してと解釈します。
“お茶碗欠いた”これはお茶に関する業界の隠語で「主茶碗」は正妻を指します。この場合は彼女でしょう。
“お茶碗欠いた”はお茶碗替えたで妻(彼女)以外の女性に替えたという意味だそうです。「替え茶碗」も隠語で妾のことだそうです。
という「不純異性交遊」の戯れ歌だとしたら、なんともエロティックな内容です。
したっけ。