都月満夫の絵手紙ひろば💖一語一絵💖
都月満夫の短編小説集
「出雲の神様の縁結び」
「ケンちゃんが惚れた女」
「惚れた女が死んだ夜」
「羆撃ち(くまうち)・私の爺さんの話」
「郭公の家」
「クラスメイト」
「白い女」
「逢縁機縁」
「人殺し」
「春の大雪」
「人魚を食った女」
「叫夢 -SCREAM-」
「ヤメ検弁護士」
「十八年目の恋」
「特別失踪者殺人事件」(退屈刑事2)
「ママは外国人」
「タクシーで…」(ドーナツ屋3)
「寿司屋で…」(ドーナツ屋2)
「退屈刑事(たいくつでか)」
「愛が牙を剥く」
「恋愛詐欺師」
「ドーナツ屋で…」>
「桜の木」
「潤子のパンツ」
「出産請負会社」
「闇の中」
「桜・咲爛(さくら・さくらん)」
「しあわせと云う名の猫」
「蜃気楼の時計」
「鰯雲が流れる午後」
「イヴが微笑んだ日」
「桜の花が咲いた夜」
「紅葉のように燃えた夜」
「草原の対決」【児童】
「おとうさんのただいま」【児童】
「七夕・隣の客」(第一部)
「七夕・隣の客」(第二部)
「桜の花が散った夜」
お茶屋さんというのは、お座敷に藝妓(芸者)さんや、舞妓さんを呼んで、いわゆるお座敷遊びをさせて貰えるお店です。お茶屋さんではその名の通り、お茶かお酒などを出していただけますが、料理屋さんではありませんので、お料理は出て来ません。 もし希望されるならば仕出し料理を取っていただけます。
屋形さんというのは、別名置屋さんとも云いますが、ここは舞妓(芸者)さんになる前の仕込みさんや舞妓さんを預かって一人前の藝妓さんにしていただけるところです。
いわゆる年季が明けるまで、藝妓(芸者)さんも、預かっておられます。
お茶屋さんからの要請により、藝妓(芸者)さんや、舞妓さんをお茶屋さんのお座敷に派遣するお店です。 また年季が明けた藝妓(芸者)さんも、独立していわゆる自前藝妓(芸者)となられますが、以後のお座敷仲介業務を屋形さんにお願いしておく必要があります。
屋形さん兼お茶屋さんというお店も中にはあります。
また、藝妓さんや、舞妓(芸者)さんの派遣先はお茶屋さんだけとは限りません。
色んな催し物、パーティー等など引く手あまたです。時には屋形の「お母さん」は海外にまで、藝妓(芸者)さんや、舞妓さん引き連れて出張に行かなければならないときもあります。
花街では「藝(げい)は売っても身は売らぬ」というのが彼女たちの誇りになっています。
藝妓(げいぎ)さんも、舞妓(まいこ)さんも、長く裾(すそ)を引いた着付け(裾引きといいます)をする時は必ず左手で褄(つま、着物の裾の端)を持ちます。藝妓(芸者)さんを、俗に左褄(ひだりづま)と呼ぶのはここからきています。
花魁(おいらん)や娼妓(遊女)さんは右手で褄を持ちますが、この場合、右に褄の合わせ目がきて、そのすぐ奥に長襦袢(ながじゅばん)の合わせ目がありますので、つまりは、変な言い方ですが、男性の手が入りやすいという状況です。
ところが、舞妓(芸者)さや藝妓さんのように、左手で持てば褄の合わせ目は左になり、長襦袢の合わせ目は右にありますので、男性が手を入れようとしても入らないのです。
これはすなわち、藝は売っても身は売りませんよという意思表示の象徴で、藝妓(芸者)・舞妓は誇りを持って左褄を取るのです。
花魁(おいらん)や娼妓(遊女)は右手でとりますが、藝妓(芸者)や舞妓は、左手で褄を持ちます。長襦袢の合わせ目が右に、着物の合わせ目が左に着ます。
これが左褄です。左褄は「芸は売っても身は売らぬ」ということといわれています。着物の合わせ目の関係お分かりですか?
ただ、娼妓と藝妓では、現代の私達には、藝妓(芸者)の方が、上位なのじゃないか?と感じますが、そうではないのだそうです。
娼妓は、二枚鑑札とも呼ばれます。体も芸も売るという意味なのです。
しかも、「公娼の鑑札は、『一夜妻』の鑑札」と言うそうで、喩え一夜でもお客様の妻であると、藝妓(芸者)よりも上座に座ることになっていたのだそうです。
とはいえ、精神的苦痛のことを考えて、優しく大事に扱ったと言うのが真相かも知れません。御機嫌取りというところでしょうか。
さて、最後に、花嫁さんは、どちらの手でどちらの褄をつまむのでしょうか?
答えは、少し意味が違いますが右手で褄を持ちます。つまり、一夜ではないということで、意味は同じです。
尚蛇足ながら、藝妓・芸者は関西と関東でよび方が違うのだそうです。
したっけ。