都月満夫の絵手紙ひろば💖一語一絵💖
都月満夫の短編小説集
「出雲の神様の縁結び」
「ケンちゃんが惚れた女」
「惚れた女が死んだ夜」
「羆撃ち(くまうち)・私の爺さんの話」
「郭公の家」
「クラスメイト」
「白い女」
「逢縁機縁」
「人殺し」
「春の大雪」
「人魚を食った女」
「叫夢 -SCREAM-」
「ヤメ検弁護士」
「十八年目の恋」
「特別失踪者殺人事件」(退屈刑事2)
「ママは外国人」
「タクシーで…」(ドーナツ屋3)
「寿司屋で…」(ドーナツ屋2)
「退屈刑事(たいくつでか)」
「愛が牙を剥く」
「恋愛詐欺師」
「ドーナツ屋で…」>
「桜の木」
「潤子のパンツ」
「出産請負会社」
「闇の中」
「桜・咲爛(さくら・さくらん)」
「しあわせと云う名の猫」
「蜃気楼の時計」
「鰯雲が流れる午後」
「イヴが微笑んだ日」
「桜の花が咲いた夜」
「紅葉のように燃えた夜」
「草原の対決」【児童】
「おとうさんのただいま」【児童】
「七夕・隣の客」(第一部)
「七夕・隣の客」(第二部)
「桜の花が散った夜」
母の日を祝う行事の誕生は、はるか古代にさかのぼります。紀元前250年ころから、古代ローマ・ギリシャ時代、春になるとレアという“神々の母”といわれる女性の神様をたたえる祭りが行われていたという説などがあります。
現在のように母の日が行われるようになったのは、20世紀初頭のアメリカで母親思いの女性が起こした行動がきっかけでした。
アンナ・ジャーヴィス(Anna M Jarvis)という女性が、自分を苦労して育ててくれた母親の命日に追悼の意を表し、フィラデルフィアの教会で「亡き母をしのぶ」という花言葉の白いカーネーションを霊前にたくさんたむけたのです。このことが参列者に大きな感動を与えました。これを期に、アンナは支援者と共に母に感謝の気持ちを捧げる休日を作るよう、議会に呼びかけました。やがてその声は大統領にまで届き、1914年のアメリカ議会では、5月の第2日曜を「母の日」と定め、国旗を掲げてお母さんに感謝の意を示すこととなったのです。
日本に母の日が伝わったのは、大正時代、当時青山学院の教授だったアレクサンダー女史により紹介され、キリスト教関係の団体が中心になってこれを広めました。昭和に入り、3月6日の皇后誕生日が母の日となりましたが、戦後、本家にあわせて現在のかたちになりました。
当時、母性愛を表すカーネーションの赤い花は母が健在なる人、母が亡くなられた人は白い花を胸に飾り、母への感謝の意を表わしましたが、業界の提唱もあって次第に母に花を贈るというスタイルになっていきました。
世界の母の日
アメリカ
(デンマーク・フィンランド・イタリア・トルコ・オーストラリア・ベルギーも同じ)
イギリス
イースターは、毎年、日付が変わる移動祝祭日で、「春分の日の後の、最初の満月の次の日曜日」と決められています。具体的には3月21日から4月24日の間。
韓国
5月8日が、韓国語では「オボイナル」という父母の日にあたります。父母の日に1番喜ばれるプレゼントは韓国では「お金」 だそうです。カーネーションをプレゼントする習慣も日本と変わらずにあるようです。
中国
5月第2日曜日が母の日です。母の日の過ごし方としては、日本と同じようにカーネーションをあげて一緒に食事をするようです。ちなみに父の日はないそうです。
台湾
台湾では、母の日は一年の中でも大きなイベントの一つだと考えられています。というのは、一年の中で最も贈り物をする時期として、母の日があげられています。ついで父の日。プレゼントには、アクセサリーが人気のようです。
メキシコ
ハンガリー
ルーマニア
3月8日は、「母の日」ではなく「女性の日」らしいです。その日に、小さい女の子からおばあちゃんまで女性は花か小さなプレゼントをもらうようです。この習慣はハンガリーでも同じようです。
イタリアで
3月8日を「Festa Della Donnna!(フェスタ・デラ・ドンナ:女性の祭り)」と言います。
また「Ilgiorno della Mimosa(ミモザの日)」とも呼ばれており、この日は女性にプレゼントされる花のほとんどがミモザ となっています。
http://blog.goo.ne.jp/tudukimituo1028/d/20100308
エジプトなど中近東諸国
したっけ。