都月満夫の絵手紙ひろば💖一語一絵💖
都月満夫の短編小説集
「出雲の神様の縁結び」
「ケンちゃんが惚れた女」
「惚れた女が死んだ夜」
「羆撃ち(くまうち)・私の爺さんの話」
「郭公の家」
「クラスメイト」
「白い女」
「逢縁機縁」
「人殺し」
「春の大雪」
「人魚を食った女」
「叫夢 -SCREAM-」
「ヤメ検弁護士」
「十八年目の恋」
「特別失踪者殺人事件」(退屈刑事2)
「ママは外国人」
「タクシーで…」(ドーナツ屋3)
「寿司屋で…」(ドーナツ屋2)
「退屈刑事(たいくつでか)」
「愛が牙を剥く」
「恋愛詐欺師」
「ドーナツ屋で…」>
「桜の木」
「潤子のパンツ」
「出産請負会社」
「闇の中」
「桜・咲爛(さくら・さくらん)」
「しあわせと云う名の猫」
「蜃気楼の時計」
「鰯雲が流れる午後」
「イヴが微笑んだ日」
「桜の花が咲いた夜」
「紅葉のように燃えた夜」
「草原の対決」【児童】
「おとうさんのただいま」【児童】
「七夕・隣の客」(第一部)
「七夕・隣の客」(第二部)
「桜の花が散った夜」
『恋愛詐欺師』
都月満夫作
男は冬の夕陽が沈んだ街角にいた。街路樹に隠れ寒さを我慢し、一点を凝視していた。 そこは信用金庫の職員通用口。男はそこから出てくる女性職員を、食い入るように見ている。もう、一週間になる。 三十五歳以上、独身、地味な服装、出来る事なら美人の女。そんな女を探している…。 男は、ついにカモを決定した。あの女だ。男はそう呟いて、女の後をつけた。女は背筋を立て、大股で歩いていく。いい女だ。 女はパン屋に入った。パン屋の中で時間を潰し、パンを買って出てきた。 ぶらぶらとバッグ振りながら歩き、本通りのバス停で止まった。女はバスに乗った。 それから一週間、男はバス停を見張っていた。女は毎日同じ時刻にバスに乗る。 手に持っているのは、パン屋の袋か、スーパーの袋だ。スーパーの袋は弁当か少しの食材だ。たまに本も買っているようだ。 …間違いない。今までの調査で、女に家族はいない。男もいない。 男は次の週、女が乗る一つ前のバス停からバスに乗った。女が乗るバス停が見えた。バスが停止し、女が乗った。女は郊外のバス停で降りた。男は次のバス停で降りた。 次の日の夕方、男は女が降りたバス停近くにいた。バスが停車し、女が降りた。男は女を見送った。橋があり、見通しが良くて尾行できない。女は橋を渡り、右に曲がった。 次の日、男は昨日女が曲がった先で待っていた。女はパン屋の袋を下げて歩いてきた。女が通り過ぎた。女はアパートの階段を上がって、二階東側の部屋に入った。四戸建てのアパートだ。古くはないが、新しくもない。 ついに、女の部屋を探し当てた。後は、男が来るか、女が出かけるかの確認だ。 男は一週間、女の部屋を見張っていた。二月末、夜の寒さはかなり身に凍みる。それでも男は、肩をすぼめて、女の部屋を見つめていた。来ない、誰も来ない。そして女は出かけない。毎日十一時には消灯される。 男は先ず、女のアパートの周辺調査から始めた。周辺の状況を把握しておかなければ、計画に綻びを作ることになる。そして男は、女のアパートの脇に立っている街灯に、目を付けた。水銀灯の青白い光を見て、とんでもない出合いを思いついた。 男は赤詐欺(あかさぎ)と呼ばれる異性専門の詐欺師である。その手口は詐話師(さわし)ともいわれる。詐話師とは、作り話を主体に、数人で相手を騙す詐欺師集団である。 男は一人詐話師、仲間はいない。赤詐欺はいい男である必要はない。余計な警戒心を持たれる。服もブランド品である必要はない。同じ理由だ。小奇麗であればいい。 後は、どうやってカモを捕らえるか…。カモとは簡単に捕獲できる鳥だったので、騙しやすい対象者の隠語である。接触から女を落とすまで、男は小説家のように筋書きを組み立てる。男にとって至福の時間だ。 女は毎朝定時に部屋を出て、コインランドリーの前でバスに乗る。街の本通りのバス停で降りて、信用金庫に出勤する。毎日、同じ時刻に出勤し、同じ時刻に退社する。 昔は、こうではなかった。市内の二条高校を卒業し、札幌の藤花女子大学に進んだ。学生時代は華やかだった。女の噂はたちまち札幌中の大学に知れ渡り、ミス藤花、コンパの女王として君臨するようになった。 そんな学生たちを、女は特別な目では見なかった。学生の身で、まだ海の物とも山の物とも分からない相手に夢中になるほど、女は情熱的ではなかった。 女は大学を卒業し、出身地に戻った。そして、地元最大手の信用金庫に入社した。 女の最初の勤務は、鉄南支店だった。本店や各支店の若手社員たちが、噂の美人を一目見ようと、用もないのにやってきた。 男たちは、競って合コンを開き、女を誘った。女は男たちの下心など、総て無視した。 毎夜のように開催される合コンは、女にとって、ただの食事会に過ぎない。 個人的な交際を望む男たちもいたが、女は丁寧に断った。合コンのどさくさ紛れに、交際を申し込む男など、相手にする気はない。 それほど女は、女としての自分に自信を持っていた。子供の頃から可愛いと言われ、綺麗とか美人とか言われ続けてきた。男たちが自分を見る目など、飽きあきしていた。 ある時、合コンで、女に全く興味を示さない男がいた。女は自尊心を傷つけられた。憎しみと、怒りのような感情に陥った。 女は二次会で男に、何故合コンに来たのか聞いた。男は員数合わせで無理に頼まれたと言った。女は更に聞いた。誰か気になる女はいたかと…。男は別にと言い、皆は、君に夢中だけど、自分には高嶺の花だと言った。高嶺の花より、可憐なジャガ芋の花が好きだと言った。ジャガ芋は飽きないと言った。 確かにその男は美形ではない。自分の身を心得ている。だからこそ、その男は営業成績のトップクラスにいる。性格は温和に見えるが、筋は一本通っている。女は男に自分からメルアドを教えた。男は戸惑っていた。 しかし、何日待っても、男からメールは来ない。女は苛々した。何故…、男はメールをよこさないのか。そんなことは許せない。 女は待ちきれなくて、自分からメールを送った。何故自分から誘ったのか…。 男は誘いに乗ってくれた。女は何故誘いに乗ったか聞いた。高嶺の花が折角降りて来たので、それを掴んでみたくなった。男は、こんな美人と付き合ったことが無いので、どうしていいか分からないと言った。 女はからかわれているようで、ムキになった。こんな男に侮辱されるようなことは、堪らなかった。三回目のデートで女は体を許した。男はこんな綺麗な人と、こんな関係になっていいのかと言った。女は自分が嫌いなのかと聞いた。男は、嫌いとか好きではなく、とても光栄であると言った。沢山の男たちが女にアタックして散っていったのに、何故自分が選ばれたのか…。女が自分の腕の中にいることが信じられないと言った。 男からメールが来たことはない。いつも女からメールを送った。男はいつも何故自分なのだと女に聞く。女は好きだからと答える。自分を無視した男だからとは言えなかった。 男は食事をして、スナックで飲んで、女を抱いて帰る。そんな関係が半年ほど続いた。 ある日、初めて男からメールが来た。 男にとって女は高嶺の花だった。逢うたびに自分を失っていく。高嶺の花は、高嶺の花にしておくべきだった。ジャガイモの花を探す。最後に謝罪の言葉が書かれていた。 メールを読みながら、男を好きになっていた自分に気づいた。女は今まで男を好きになったことはない。男は財布代わりだった。 女は知らぬ間に恋に落ちた。知らぬ間に憎しみが愛情となった。涙が溢れた。大粒の涙が頬を伝い、携帯の画面で砕け散った。 男と付き合っている間、合コンを断り続けてきた女に、もう誘いは来ない。女は三十歳を過ぎていた。 あれから十年近くなる。昨日と同じ今日が終わり、今日と同じ明日が始まる日々…。 女はいつもの様に、コインランドリー前のバス停でバスを降り、アパートへ向かった。いつもと同じ今日が終わろうとしていた。 女は住宅街の角を曲がった。男が街灯の下でうずくまっているのが見えた。近づくにつれ、男が苦しがっているのが分かった。女は通り過ぎるわけにも行かず、声を掛けた。 男は、急な腹痛で困っている。近所にコンビニか公衆トイレがないか、と聞いた。 男の顔は水銀灯に照らされ青白く見えた。ひどい汗もかいている。男の脇の雪の中に、飲料水の空ボトルが突き刺さっている。近所にはコンビニも公衆トイレもない。 女は、見知らぬ男を自分の部屋に招きいれた。考える余地はなかった。 女は玄関でトイレを指差した。男は部屋に入るなり、トイレに飛び込んだ。 女は考えた。これは緊急避難だ。あのまま放って置く訳には行かない。誰だってそうする。これは、男を招き入れたことにはならない。どうせ直ぐに出て行く男だ。気にすることはない。女は自分の部屋に、男が居るだけで、いつになく心が乱れた。 男は何度も水を流し、十五分ほどで出てきた。そして、落ち着かないのでもう少し居させてくれと言った。 女は今更断れず、タオルを差し出した。 男は顔にかけた飲料水を拭いた。再び、トイレに戻り、十五分ほどして出てきた。 男はバスで帰るつもりだったが、とても我慢できそうもない。申し訳ないが、タクシーで帰るので、二千円ほど貸してくれないかと言った。そう言いながら男は運転免許証を差し出した。これは男が事前に用意した、偽造免許証だ。生年月日、名前も違う。名前だけは本名と同じ音にしてある。万が一、銀行が女に電話で、自分の名前を確認するかもしれないからだ。住所は今いるアパートになっている。パソコンで作成した稚拙な物である。こんな時、まじまじと確認する女はいない。 女は、二千円で男が出ていってくれるならと思い、承諾した。 男は礼を言い、必ずお金を返却するので、連絡先のメールアドレスを教えて欲しいと言った。 女は、男が返すと言っているのに、断るわけにもいかず、アドレスを交換した。今は赤外線で簡単にアドレスの交換が出来る。 男は女にタクシーを呼んで貰い、礼を言って帰っていった。これで女の名前、住所、メルアドをゲットできた。第一段階の接触は大成功といって良いだろう。後は、再会と別れだ。時間は掛けないほうがいい。考える余地を与えてはいけない。 男は週間天気予報を見ながら、次の接触日を考えていた。人間も動物である以上、気分も天候に左右される。晴れの日は気分がいいので、集中力が分散する。反対に雨の日は気持ちが沈む分、集中力がアップする。次の接触は晴の続く日がいい。仕事で疲れた金曜日がいい。 女は男が来た次の日、いつものバス停の一つ前、衣料スーパーのバス停で降りた。 女性用下着売場、ランジェリーのコーナーに居た。こんなところに来るのは何年ぶりだろう。可愛いランジェリーが、沢山ならんでいるのを見ながら、女はため息をついた。昨日自分の部屋に男が来たことで、自分が女を忘れていたことに気づいたのだ。 久しぶりで下着を買っただけなのに、女の心は弾んでいた。 男は、あれから三日後、女にメールを打った。詐欺師にとって、メールの出現は画期的であった。電話のように演技の必要がなく、要点を的確に伝えられる。微妙なニュアンスを相手が勘違いすることもある。メールの最後に、翌日が休みだという確認を入れた。 女はその日、指定された場所で男を待っていた。男は時間より少し送れて現れた。その笑顔はいい男ではないが、いい人に見える。 男は女を居酒屋に案内した。女はもう少し洒落た場所を想像していたので、少しガッカリした。でも、考えてみれば、二千円のお礼には相応だ…。男は「角2」の封筒を大事そうに持っている。中にはA4用紙に書かれた事業設立の計画書が入っている。その計画書の最後は資金不足だ。勿論架空の計画書だ。 居酒屋を出てから、男は女をスナックに誘った。女は誘いに乗ってくれた。第二段階は成功した。男はスナックで女の手相を見た。これは常套手段だ。助平親父のやる手相見とは目的が違う。親父は手を握るため。男は次の段階へ進むため…。女は手を出した。 男は女の指先に微かに触れた。指先は神経が集中している場所だ。これだけで落ちる女が居る。手相も我流であるが勉強している。 小指の下に出来る横皺が恋愛線である。男は女に言った。二十歳前後には随分細かい皺があるが、深い付き合いになっていない。三十前後に一人付き合った男がいたが別れた。 次の男は四十前後だから、あと四、五年待たなければならないと…。勿論、男は女が四十歳前後だと当たりをつけている。 女は喜んで、四十歳だと年齢を明かした。 それでは、この線は私かもしれないと、男は言い、大人の関係にならないかと、間髪をいれずに、女に言った。明日は休みだ。 この、大人の関係というのは赤詐欺師にとって便利な言葉で、結婚を匂わせてはいるがそうではない。赤詐欺師にしてみれば、ただの肉体関係である。 二人はホテルにいた。女は、あそこで大人の関係と言われて、断るのも子供じみていると意地になった。それこそ、男の策略にはまってしまったのだ。 男は風呂にいる。あの「角2」の封筒は置いたままだ。女は気になった。 暫くして男が出てきた。女は服を脱ぎ、真新しい赤い下着で風呂に向かった。 二人は並んでベッドの中にいた。男は今事業の計画を立てていると言った。最近、親が死んで、遺品の整理に困って思いついたと言う。同じ経験をした友人と、遺族に代わり、遺品の整理や不用品の処理をする会社だ。社名は「愛心」と決めた。場合によっては廃品回収になるので、所轄警察の公安委員会に届け出て許可も取った。今は必要な事務機器、車、当面の事業資金を集めていると言った。まだ役所の届出書に忙しいと言った。 女は黙って聞いている。普通は資金のことが気になって聞いてくるはずだ。女は計画書を見たと確信した。 男は女の唇を、処女を抱くように吸った。真綿で包むように乳房に触れた。女の乾いた心が濡れていく。泉が湧きオアシスになる。 男は、女の濡れた心の割れ目から、女の中に滑り込んだ。カモは既に網に中に入った。 数日後、女は男にメールを打った。逢いたいと…。男は、カモを捕獲したと確信した。 男は、例の封筒を持ってあらわれた。二人は食事を終え、酒を飲んで、ホテルにいた。 大人の関係が緩やかに終わり、オアシスを出ようとしたとき、女は男に「長3」の封筒を渡した。封筒の中には貯金通帳と印鑑が入っていた。 男は何の金だと驚いた。女は前回、封筒の中を見てしまったことを謝り、これを使って欲しいと言った。男は例の封筒の中から計画書を取り出して、女に見せた。勿論、前回とは数字が違っている。女はそれを見て、この事業は素晴らしい、人のためになる。自分も協力したいと言った。男は一千三百万円もの通帳に礼を言い、素直に受け取った。この場合、躊躇してはならない。疑われる隙を与えず、計画書と女の封筒をしまいこんだ。 数日後、女は帰宅時間丁度に届いた宅急便を開けた。中には通帳と印鑑と借用書が入っていた。女は八百万円の残高を、乾いた目で見ていた。残高など欲しくなかった。濡れた時間が渇いていく。砂を濡らした泉が枯れていく。オアシスが砂塵の中に消えていく。 赤詐欺が仕事中は、真剣に女に惚れる。しかし、五百万円しか頂けなかった。何故…。 男は携帯を替えた。春間近、温まりかけた心に、また、冷たい風が吹き抜ける。 男は、結婚詐欺にカモられた過去がある。