年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

福神漬物語102言葉の創出

2010年02月25日 | 福神漬
言葉の創出
自由民権思想の研究 松尾章一著
近代思想の自由という言葉が東洋思想に対応する用語が無いため、日本人がこの言葉を短い文字で表し、概念が定着するまで時間がかかった。他の明治に東洋に無い概念の言葉を作り、意味を定着させるまで様々な解釈があった。昔からあった『自由』という言葉の意味が『自由自在』『思いのまま』『わがまま』という意味があったので、当初は概念が理解されず使用していたという。
福の神
文字通り福神漬は福の神の食べ物として名付けられたと思う。
 三橋健著『日本人と福の神』という本によると富貴を欲し貧賤を嫌うのは人類共通の人情であるという。新年早々は日本の福の神は忙しい。あらゆる矛盾する願いを聞き入れる八百万の神はすべて難問を解決する福の神に思える。この本によると日本人の幸福感には『表面上は現世利益を求めている人々が実際には幸福は神からもたらされるものと信じられ、海のかなたより宝物や米俵を積んだ宝船に乗って福徳が来る』 信じていて、海のかなたより来る福の神の代表が七福神である。
 明治の頃は福の神はどうも『笑門来福』という考えもあったらしい。

 多分裁判になってもこの解説でいいだろう。


 さて福島事件(明治16年夏=高等法院での裁判)で問題となった言葉『転覆』と梅亭金駕が福神漬と何も関連が無かったのだろうか。丁度この時期に根岸に住んでいた若い投書家であった長井総太郎(鶯亭金升)が團團珍聞に入社した。明治17年頃だろう。
 
コメント
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