『やんちゃジジイ・ゆうちゃん』のイカすセカンドライフ

我儘で『やんちゃ』な爺さんの目標は、楽しく生きる事
周りにも笑顔を振りまいて、楽しくセカンドライフを生きる事。

親父とお袋

2011年01月22日 | Weblog
今日はまた稽古。新しい振り付けで僕も参加。
今回の振り付けは、ミュージカルらしい動きのある振り付けが
多い感じがするけれど、これが結構覚えるのが大変。
とにかく、家に帰って復習するしかありませんな。
で、明日は女性のみの振り付けらしく男性陣はお休み。
先週に続いて、日曜日はゆっくり過ごせそうです。

稽古の後は、急ぎ足で荻窪の実家へ向かった。
途中、駅の食材売り場で姉貴と食べる夕食の食材をショッピング。
一人で寂しいだろうと思って、電話したら弟夫婦が来ていて
お袋のケアの手助けをしていた。
僕は普段使っているマイクロビーズの枕を、お袋に使ってもらおうと持って行った。
僕の使った臭いが浸みこんでいて嫌かなぁ?でも、柔らかくて気持ちいいんだよ・・・・。

お袋は体の機能が色々と麻痺し始めて、耳は殆ど聞こえず、
目まいがするので、目も開けられない状態が続いている。
手もパンパンに浮腫み、いよいよ最後の時が近づいている様子。
兄弟は皆、覚悟をきめている。
兄貴は昨日、最後の別れをして今朝ロンドン経由でブラジルへ旅立った。

この二ヶ月間、姉貴はお袋と色々な話を時間をかけて聞いてやっていて
そのことを話してくれた。
僕も、伯父の家に居候していた時期があって、その頃に親父とお袋の
事を聞いたり、親父の兄弟である伯父からも話を聞いていたが
姉貴がこの二ヶ月間で聞いた話は、今まで以上に感動する話が多かった。

親父は23歳の時にお父さんを亡くし、25歳で母親も失った。
その頃、お袋はといえば保険会社の受付嬢をしていたそうだ。
お袋は子供の頃から、お金に困ったことが無く派手なお嬢様で育った娘で、
子供の頃から親に大きなエメラルドの指輪を誕生日のプレゼントに貰ったり
着物やドレスも沢山持っていただけじゃなく、高級な洋服も自分の好みに
仕立て直してきているほど、金銭感覚など皆無に等しかったそうだ。
そんなお袋は、受付に居たせいもあって男性社員の人気者だったらしく、
親父は無口な男で、いつも遠巻きにお袋を見ているだけだったそうだ。

そんなある日、親父の両親が亡くなり社員がみんなで葬儀に出かけると聞いて
軽い気持ちで『私も行く』って、男性社員に混じって出かけたそうだ。
そこで見た光景が、お袋の人生を一変させた。

親父は兄弟を4人抱えて、その一番下の妹はまだ10歳。ついこの間亡くなった、叔母だ。
その子が、親父の膝に乗って葬儀に参加していたそうだ。
それを見たお袋は
『自分は何一つ苦労無く育ったけど、この子は一体どうなるんだろう?』
と思ったら、自分がこの子を面倒みてあげようと考えたそうだ。
そして、今までの生活を改め、裕福な生活をしていた家を捨てて
親父の元に押しかけ女房で行ったそうだ。

当然、親の僕の祖父母は猛反対。
ところがお袋は、親戚の手助けを貰って駆け落ちで親父と一緒になり
親との関係を断ち切った。
お袋はお嬢様の生活を捨てて、指輪や着物を質屋に持って行き、
『これでお米が買える』って
親父の兄弟まで一緒に面倒見ていたそうだ。これは叔父の話。

その後、兄貴を出産。今で言う出来ちゃった結婚。
僕の家と兄弟の歴史は、ここから始まった。
お袋の深い愛情は当然、自分の子供にも注がれて
僕は小さい頃からお袋の優しさが大好きで、この歳になっても変らない。
天真爛漫なようで、実は自分から苦労を買って出たお袋。
お袋のような人生を、今の人には出来ないだろう。
社会的には平凡な、主婦の人生だけれどね。

余程、親父のことが好きだったんだろうな。
いや、死ぬほど好きで好きでたまらなかったのだろう。
そうじゃなくちゃ、親父の兄弟まで面倒なんか看ないだろう。
だから、親父が63歳の若さで亡くなった時、お袋は本当に可哀想だった。
まだ57歳だったんだから、姉貴の年齢で未亡人になったわけだ。
もうすぐ、大好きな親父のところへ行ってしまうのかな?

明日は稽古が無いので、またお袋に会いに行こう。
コメント
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