今回も阿部筲人先生の俳句論のご紹介を。今回は俳句の凝縮性から「弛緩俳句」についての一席。 しかし「弛緩こそ至福の老後」とする私にはちょつととも思います。
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俳句とは登りつめた緊張の極限において、そっと言葉を手放してやる、これが俳句の言い方で、そのために飛躍に近いまで極限に省略し、「必要にして十分な言葉」それのみで仕上げます。
ところが、初めから心の引き締めが不足したり、間延びした所を狙うものも少なくありません。そうした句を「弛緩俳句属」の「物臭句」「ためらい句」に分類します。
物臭俳句 子を肩にぶらぶら夏の宵歩き
あてもなく歩いてみたり島の秋
いとまなくかく老てきし冷奴
※このように、「ぶらぶら・あてもなく・かく・・・・・・」など緊張の欠け言葉が多く、高い世界で読者と交流しようという態度に欠け、だらけた気分を読者に押し付けている。
ためらい句 金魚売老声天へとどきそう
虹の輪を追う子の鞄重たそう
白つつじ空の夕焼け知らぬげに
※これらの句は「とどきそう・重たそう・知らぬげ・・」などまことにあやふやな弛緩した言葉を使っています。
弛緩句は作者の「心の状態」「言い回し」「狙い方」のどこかに弛緩状態があることに起因します。
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俳句とは登りつめた緊張の極限において、そっと言葉を手放してやる、これが俳句の言い方で、そのために飛躍に近いまで極限に省略し、「必要にして十分な言葉」それのみで仕上げます。
ところが、初めから心の引き締めが不足したり、間延びした所を狙うものも少なくありません。そうした句を「弛緩俳句属」の「物臭句」「ためらい句」に分類します。
物臭俳句 子を肩にぶらぶら夏の宵歩き
あてもなく歩いてみたり島の秋
いとまなくかく老てきし冷奴
※このように、「ぶらぶら・あてもなく・かく・・・・・・」など緊張の欠け言葉が多く、高い世界で読者と交流しようという態度に欠け、だらけた気分を読者に押し付けている。
ためらい句 金魚売老声天へとどきそう
虹の輪を追う子の鞄重たそう
白つつじ空の夕焼け知らぬげに
※これらの句は「とどきそう・重たそう・知らぬげ・・」などまことにあやふやな弛緩した言葉を使っています。
弛緩句は作者の「心の状態」「言い回し」「狙い方」のどこかに弛緩状態があることに起因します。