日本男道記

ある日本男子の生き様

帰京 (1)京に入り立ちてうれし。

2024年07月09日 | 土佐日記


【原文】 
①京に入り立ちてうれし。②家に至りて、門に入るに、月明ければ、いとよくありさま見ゆ。③聞きしよりもまして、いふかひなくぞこぼれ破れたる。④家に預けたりつる人の心も、荒れたるなりけり。⑤「中垣こそあれ、一つ家のやうなれば、望みて預かれるなり。」⑥「さるは、たよりごとに、ものも絶えず得させたり。」⑦「今宵、かかること。」と、声高にものも言はせず。⑧いとはつらく見ゆれど、こころざしはせむとす。
【現代語訳
①都に入って嬉しい。
②家に着いて、門に入ると、月が明るいので、たいそうよく〔家の〕様子が見える。
③聞いていた以上に、言いようもないほど壊れ、傷んでいる。
④〔留守の間に〕家を預けておいた人の心も、すさんでいるのだったよ。
⑤「中垣はあるけれども、一つの家のようなので、〔先方から〕希望して預かったのである。」
⑥「そうはいうものの、機会があることに、〔お礼の〕品物も欠かさず与えていた。」
⑦「今夜、こんな〔ひどいありさまだ〕こと。」と、〔みなに〕大声で言わせるようなことしない。
⑧たいそうひどいと思われるが、お礼はしようと思う。


◆『土佐日記』(とさにっき)は、平安時代に成立した日本最古の日記文学のひとつ。紀貫之が土佐国から京に帰る最中に起きた出来事を諧謔を交えて綴った内容を持つ。成立時期は未詳だが、承平5年(934年)後半といわれる。古くは『土左日記』と表記され、「とさの日記」と読んだ。 

土佐日記(3)二十三日。八木のやすのりといふ人あり。

2024年07月02日 | 土佐日記


【原文】 
①二十三日。八木のやすのりといふ人あり。
②この人、国に必ずしも言ひ使ふ者にもあらざなり。
③これぞ、たたはしきやうにて、馬のはなむけしたる。
④守柄にやあらむ、国人の心の常として、「今は。」とて見えざなるを、
⑤心ある者は、恥ぢずになむ来ける。
⑥これは、ものによりてほむるにしもあらず。
⑦二十四日。講師、馬のはなむけしに出でませり。
⑧ありとある上・下、童まで酔ひしれて、
⑨一文字をだに知らぬ者、しが足は十文字に踏みてぞ遊ぶ。
 
【現代語訳
①二十三日。八木のやすのりという人がいる。
②この人は、国司の役所で必ずしも召し使っている者でもないようである。③〔それなのに〕この人は、いかめしく厳かな様子で、送別の宴をした。
④〔それも〕国司の人柄であろうか、任国の人の心の常としては、「今は〔もう用はない〕。」といって顔を見せないようだが、
⑤道理をわきまえている者は、〔ひと目を〕遠慮せずに来た。
⑥これは、餞別の品をもらったからほめるというわけでもない。
⑦二十四日。国分寺の僧侶が、送別の宴をしにおいでになった。
⑧人はみな〔身分の〕上下を問わず、子どもまで酔っぱらって、
⑨一という文字さえも知らない者が、その足を十という文字に踏んで遊ぶ。



◆『土佐日記』(とさにっき)は、平安時代に成立した日本最古の日記文学のひとつ。紀貫之が土佐国から京に帰る最中に起きた出来事を諧謔を交えて綴った内容を持つ。成立時期は未詳だが、承平5年(934年)後半といわれる。古くは『土左日記』と表記され、「とさの日記」と読んだ。 

土佐日記(2)ある人、県の四年五年果てて、……

2024年06月25日 | 土佐日記


【原文】 
①ある人、県の四年五年果てて、例のことどもみなし終へて、解由など取りて、
②住む館より出でて、船に乗るべき所へわたる。
③かれこれ、知る知らぬ、送りす。
④年ごろよくくらべつる人々なむ、別れがたく思ひて、
⑤日しきりに、とかくしつつ、ののしるうちに、夜更けぬ。
⑥二十二日に、和泉の国までと、平らかに願立つ。
⑦藤原のときざね、船路なれど、馬のはなむけす。
⑧上・中・下、酔ひ飽きて、いとあやしく、潮海のほとりにて、あざれあへり。

【現代語訳
①ある人が、国守の任期の四、五年が終わって、所定の事務引き継ぎもすっかり終わらせて、解由状などを受け取って、
②住んでいる官舎から出て、船に乗ることになっているところへ移る。
③あの人やこの人、知っている人も知らない人も、見送りをする。
④長年たいそう親しく付き合った人々は、別れづらく思って、
⑤一日中、あれこれ世話をしながら、大騒ぎをするうちに、夜が更けてしまった。
⑥二十二日に、和泉の国まではと、無事であるように神仏に祈願する。
⑦藤原のときざねが、船旅であるけれど、馬のはなむけ(=送別の宴)をする。
⑧〔身分の〕高い人も、中流の人も、低い人も、みなすっかり酔っぱらって、たいそう不思議なことに、〔塩のきいている〕海のそばでふざけあっている。


◆『土佐日記』(とさにっき)は、平安時代に成立した日本最古の日記文学のひとつ。紀貫之が土佐国から京に帰る最中に起きた出来事を諧謔を交えて綴った内容を持つ。成立時期は未詳だが、承平5年(934年)後半といわれる。古くは『土左日記』と表記され、「とさの日記」と読んだ。 

土佐日記 1)男もすなる日記といふものを、……

2024年06月18日 | 土佐日記


【原文】 
①男もすなる日記といふものを、女もしてみむとて、するなり。
②それの年の十二月の二十日余り一日の日の戌の時に、門出す。
③そのよし、いささかにものに書きつく。

【現代語訳
①男も書くという日記というものを、女〔の私〕も書いてみようと思って、書くのである。
②ある年の十二月二十一日の午後八時ごろに、出発する。
③そのときのことを、少しばかりものに書きしるす。


◆『土佐日記』(とさにっき)は、平安時代に成立した日本最古の日記文学のひとつ。紀貫之が土佐国から京に帰る最中に起きた出来事を諧謔を交えて綴った内容を持つ。成立時期は未詳だが、承平5年(934年)後半といわれる。古くは『土左日記』と表記され、「とさの日記」と読んだ。