【まくら】
原話は享保12年の『軽口はなしどり』の中の一編、【元腹の噂】。
いわゆるバレ噺(=艶笑落語)。
【あらすじ】
隠居のところへ飛び込んできた八五郎。入ってくるなり可笑しな事を言った。
「伊勢屋の養子が三度も死んだんだよ!」
『伊勢屋』というのは表通りの質屋だが、はて『三度死んだ』とはどういう意味か・・・?
詳しく聞くと、伊勢屋の先代というのが大変な人格者で、その娘であるお嬢さんもまたすばらしい人柄に育ったんだとか。
さて、その娘が年頃になって婿をもらう事になり、やってきたのが「錦絵から抜け出したような」いい男。
当然お嬢さんとの中も良好だ。
そんな二人の様子を見て、気が抜けたのかは定かではないが今度は伊勢屋のおかみさんが死んだ。
当然、家は娘が継ぐことになったのだが・・・。
しばらくすると、養子の顔色が何だか可笑しくなってきた。
だんだん青白くなっていき、「変だな?」と思っているとまもなく床について死んでしまった。
お葬式や何やらを済ませた後、後家さんになるのはまだ早いといって二人目の養子を迎えたのだが、今度来たのは影で《ブリのアラ》なるあだ名がつけられるほどの醜男だったのだ。
この"アラ"、前の旦那同様やけにお嬢さん-今ははおかみさんだ-と仲がいい。
そのうち段々顔色が悪くなってきて、何だろうと考えているうちにまた死んだ。
そして、三人目の養子が死んだのが昨日・・・。
要は八公、葬式の作法や悔やみの文句を教わりに来たのだ。
一応の作法を教わった後、八五郎は今まで考えてきた疑問を隠居に尋ねてみる。
「なぜ、養子は三人とも若死にしたのか・・・?」
おかみさんは三十過ぎの年増だが、めっぽう器量もよく性格も父親譲りの人格者。おまけに店はしっかりしているから、養子に余計なストレスがかかるはずもないのだが。
しばらく考えた後、隠居はこういった。
「おかみさんが美人・・・というのが短命の元だよ」
隠居いわく、美人と結婚した旦那は短命、そうでない人と結婚した人は長命になるのだという。
よく分からないと言う八五郎に、隠居はこんな話をした。
「食事時だ。お膳をはさんで差し向かい、おかみさんが旦那によそったご飯なんかを渡そうとして手と手が触れる。白魚を五本並べたような、透き通るようなおかみさんの手だ。そっと前を見る、ふるいつきたくなるいい女だ。これが短命の元だよ」
八五郎、なんのことだかわからない。
「お前、ちょっと鈍すぎやしないか? その内冬が来るだろう。炬燵に入る、何かの拍子で手が触れる。白魚を五本並べたような、透き通るようなおかみさんの手だ。そっと前を見る、ふるいつきたくなるいい女だ。これが短命の元だよ」
八五郎、やっぱりなんのことだかわからない。
「じゃあ分かりやすく川柳で説明しようか?」
その当座 昼も箪笥の 環(かん)が鳴り
新婚は 夜することを 昼間する
何よりも 傍が毒だと 医者が言い
それでやっと八公も事の真相を理解。
一応のお礼を言い、呆れながらご飯を食べに帰宅するといきなりかみさんに怒鳴られた。
「さっき、隠居のところでカカアの声を『遠吠え』呼ばわりされてきたけど、確かにそのとおりだな・・・」
仲がよすぎて死ぬぐらいのあっちの養子と、俺と何でこうも違うんだろう。
幻滅する八五郎だが、ふとあることを思いつく。
「給仕をしろ。そこに放りだしちゃいけねえ。ちゃんと手渡すんだ」
お椀を邪険に突き出したカカアの指と指が触れ
「手と手が触れる。そっと前を見る・・・俺は長命だなぁ」
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
【オチ・サゲ】逆さ落ち(立場が入れ替わるもの)
【語句豆辞典】
【伊勢屋】古典落語に登場する伊勢屋は、大抵がお金持ちで、商売は質屋が圧倒的に多い。また、吝嗇といえば、これも伊勢屋と相場が決まっている。
【噺の中の川柳・譬(たとえ)】
『積善の家に余慶あり 』
【この噺を得意とした落語家】
・五代目 古今亭志ん生
・五代目 柳家小さん
・初代 桂 歌丸
・五代目 三遊亭園楽
・七代目(自称五代目)立川談志
・十代目 柳家小三治
【落語豆知識】 預かり弟子
師匠が弟子の面倒を見られない時、別の師匠の門下に入ること。