【まくら】
江戸時代では武士も町人も新春に年礼(挨拶回り)をした。
年礼に行く者を礼者と言い、商家の場合でも黒羽二重の紋付に麻裃、白足袋を履き、脇差を差して武家風の正装をした。
座敷で礼者をもてなす家もあれば、入り口に年礼帳を用意して記帳させるだけの家もあった。
年玉(年賀)には扇を用いることが多く、扇箱をお盆に載せたり、挟み箱に入れて従者に持たせた。忙しい場合や、伺う先があまり親しくない場合は、名札を串に刺して年礼帳に記帳をして済ませることもあったという。
咄の中で主人公は大家に、祝詞は「御慶(ぎょけい)」、上がって行きなさいと言われたら「永日(えいじつ)」と言って、引き下がりなさいと教えられる。
江戸時代の一般的な新春の挨拶は「御慶申し入れます」で、「あけましておめでとうございます」ではなかった。
出典: 『TBS落語研究会』
【あらすじ】
暮れの28日、屋根屋の”八つぁん”が富に当った夢を見たので”富”を買いたいと言い出す。
買う金がどこにもないので、親の形見の女房が着ている半纏を強引に質入れして、1分を借り出し湯島の天神に駆けつける。
買う札は夢のお告げで、「ハシゴの先に鶴が止まっているのを見たから、鶴は千年生きる ので”千”ととめて、ハシゴだから”八四五”で”鶴の千八百四十五”をもらおう」「たった今売り切れました」
がっかりしながら歩いていると、易者が見て占ってあげると呼び止める。
それによると「ハシゴは下るものではなく、主に登るものだから、八四五でなく”五四八”である」という。
見料も払わず”鶴の千五百四十八”を買いに行くと残ってい たので、喜んで買い求める。
境内にはいると富が始まっていた。
最後の大富、壱千両に見事当たった。
今だと手数料を差し引かれるが、それでも八百両を持って帰って、離縁されそうになっていた女房に見せ 、喜ばせる。
さっそく大家の所に行って、貯めた家賃八つを払い、祝儀をはずんで喜ばれる。
易者にも払い、誂えは間に合わないので市ヶ谷の古着屋”あまざけ屋(屋号)”に行って、裃(かみしも)から下着まで一式を 揃えた。
近所で脇差しも買った。
大晦日は豪勢な年越しをして、女房に手伝ってもらい、裃も着付けた。
日の明けるのももどかしく出かけ、一番に大家さんに挨拶に行く。
白扇を前に差してもらい、長い祝辞は言えないので、簡単な挨拶を教えてもらう。おめでたいことば「御慶」と、上がって行きなさいと言われたら、「永日(えいじつ)」と言って、引き下がりなさいと教えられる。
近所の家に年始に回り、「御慶」と「永日」を繰り返し、みんなの目を白黒させる。
路上であった友人にも「御慶」と「永日」を発する始末。
3人組には3回続けて「御慶」「御慶」「御慶」とどなり、相手が何のことか分からずききかえすと「御慶(ぎょけい=どけい=どこへ)と言ったんだ」、「恵方(えほう)参りに行ったんだ」。
出典: 『落語の舞台を歩く』
【オチ・サゲ】途端落ち(最後の一言で見事に結末のつくもの。この噺の場合は、新年の挨拶として「御慶」と言いながら歩いていると、「どこへ(行ってたのか)」と聞き違えられるというもの。)
【語句豆辞典】
【富くじ】今の宝くじのようなもので、寺社の費用捻出を名目に行った。一枚一分(一両の四分の一)から一朱(一両の十六分の一)で富札が売られ、一分の札は千両富といわれ突きどめ(一等)賞金が千両だった。文化文政時代が最も盛んだったが、天保の改革で禁止され、以降復活していない。
【江戸の三富】谷中の感応寺(台東区谷中7-14-8)、湯島の天神(湯島天神、文京区湯島3-30-1)、目黒の不動(=龍泉寺、目黒区下目黒3-20-26)。
【御慶】新年の祝辞。おめでとうの意。
【永日(えいじつ)】春、日が永くなってからゆっくりお目にかかりましょうという別れのあいさつ。「家に上がってゆっくりしていきなさい」の返事として「今は失礼します」との意味。
【恵方詣り】恵方は、その年に徳のある神のある方角で、干支によって決まる。恵方参りは、元旦にその方向にある社寺に参詣すること。
【非望の欲】欲張って身分不相応なことを望むこと。
【寺社奉行】神社、仏閣とその境内を取り締まる奉行。富くじもその管轄だった。
【噺の中の川柳・譬(たとえ)】
『石町(こくちょう)の時の鐘より椙森(すぎのもり) 突き出す富の響く江戸中』
石町は、後の中央区日本橋本石町で、ここで市民に時刻を知らせる時の鐘を撞いていた。椙森は、日本橋堀留町の椙森神社で、ここで富くじの当たり札を決める突き富が行われた。この歌は、鐘を撞くと富を突くとをかけて、突き富の賑わいを
詠んだもの。
『富籤の引き裂いてある首くくり』
『長松が親の名で来る御慶かな』
『千両はどこかの人がとりにとり』
【この噺を得意とした落語家】
・五代目 柳家小さん
・三代目 古今亭 志ん朝
【落語豆知識】 大喜利(おおぎり)
数人の落語家で謎掛け等の出来を競う笑点でお馴染み。