【原文】
くらき人の、人を測りて、その智を知れりと思はん、さらに当るべからず。
拙き人の、碁打つ事ばかりにさとく、巧みなるは、賢き人の、この芸におろかなるを見て、己が智に及ばずと定めて、万の道の匠、我が道を人の知らざるを見て、己すぐれたりと思はん事、大きなる誤りなるべし。文字の法師、暗証の禅師、互ひに測りて、己に如かずと思へる、共に当らず。
己が境界にあらざるものをば、争ふべからず、是非すべからず。
【現代語訳】
知識の乏しい人が、他人を観察して、その人の知能の程度を分かったつもりでいたとしたら、全て見当違いである。
一般人で、碁しか取り柄の無い者が、碁が苦手な賢人を見つけ出し、「自分の才能には及ばない」と決めつけたり、各種の専門家が、自分の専門分野に詳しくないことを知り、「私は天才だ」と思い込むことは、どう考えても間違っている。経ばかり唱えている法師と、座禅ばかりしている法師が、お互いに牽制し合い、「私の修行の方が徳が深い」と思い合っているのは、どちらも正しくない。
自分とは関係ない世界にいる人と張り合うべきでなく、批判をしてはならない。
一般人で、碁しか取り柄の無い者が、碁が苦手な賢人を見つけ出し、「自分の才能には及ばない」と決めつけたり、各種の専門家が、自分の専門分野に詳しくないことを知り、「私は天才だ」と思い込むことは、どう考えても間違っている。経ばかり唱えている法師と、座禅ばかりしている法師が、お互いに牽制し合い、「私の修行の方が徳が深い」と思い合っているのは、どちらも正しくない。
自分とは関係ない世界にいる人と張り合うべきでなく、批判をしてはならない。
◆鎌倉末期の随筆。吉田兼好著。上下2巻,244段からなる。1317年(文保1)から1331年(元弘1)の間に成立したか。その間,幾つかのまとまった段が少しずつ執筆され,それが編集されて現在見るような形態になったと考えられる。それらを通じて一貫した筋はなく,連歌的ともいうべき配列方法がとられている。形式は《枕草子》を模倣しているが,内容は,作者の見聞談,感想,実用知識,有職の心得など多彩であり,仏教の厭世思想を根底にもち,人生論的色彩を濃くしている。