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再読 『薩摩藩の奄美琉球侵攻四百年再考』 (沖縄大学地域研究所叢書) 単行本

2017年02月24日 | 本と雑誌

『薩摩藩の奄美琉球侵攻四百年再考』 (沖縄大学地域研究所叢書) 単行本(ソフトカバー)  – 2011/2/16

沖縄大学地域研究所 (編集)  

読んでいたことをすっかり忘れて、また読んだ。読後ブログで調べたら確かに読んでいた。

『薩摩藩の奄美琉球侵攻四百年再考』 (沖縄大学地域研究所叢書)2011年05月15日 | 本と雑誌

早いもので、来年2018年は明治維新150年で、その翌年は薩摩藩の奄美琉球侵攻四百十年だ。

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短い話のなかに、当時は気づかなかった重要なことがいくつかあった。

その一つ、★なぜ、徳之島の秋徳の戦いが激しかったのか。p83

薩摩側の戦意の問題。
抵抗の激しかった徳之島の秋徳の戦いは肝付にとっても、庄内衆(都城市)、トカラ衆にとっても、島津家にたいする忠誠をとわれる、いわば一種の踏み絵であった。

庄内の乱(しょうないのらん)は、慶長4年(1599年)に日向国庄内(現在の宮崎県都城市及びその周辺)で起きた、島津氏とその重臣である伊集院氏との争乱である。

肝付兼篤 慶長14年(1609年)主君・家久の琉球出兵に従い出陣する。琉球からの帰国後、病により同年6月29日没。享年48。


海賊停止令・同禁止令とも。1588年豊臣秀吉は刀狩(かたながり)令と同日に3ヵ条からなる〈定〉で発令。以前に出していた海賊停止令の徹底を図るため,土地の領主に浦ごとの海民調査,海賊行為をしないとの誓約連判状の提出を命じた。

 
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内容(「BOOK」データベースより)

1609年の薩摩藩による琉球侵攻を庵美諸島の視点で再検証。鹿児島県徳之島町で開催されたシンポジウム(2009年5月)の全記録。

登録情報

単行本(ソフトカバー): 116ページ
出版社: 芙蓉書房出版 (2011/2/16)

発売日: 2011/2/16