![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/73/1e/996600570cf1e70f648b049b5d8506e6.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5f/e2/e1cb444417a82dd3fc4fc756ab4d427e.jpg)
「道標」と書くより「みちしるべ」と書きたい。
街中の片隅に寄せられてしまっているが、これは、宿場町であり街道筋だった当時を残す証である。
二つのみちしるべが建っているのでなく、写す向きを変えて撮ってみた。
今は、国道が出来五叉路になっているが、昔の旅人は、ここに来て、右へ向かえば伊勢街道に、左を辿れば高野街道と分かれる辻であることを見定めて旅をしたのだろう。
この辺りの交通渋滞解消のためと、歩行者の安全のために近年作られた地下道のため、ますます目に付きにくくなった「みちしるべ」を、頼りに歩いた時代のことを想像するのも楽しい。